傘の中心線
突然の雨で、校門の屋根の下は満員だった。
その中に、よりによって彼女がいた。先週の班発表以来、一度も口をきいていない相手だ。僕が勝手に資料を直したことを、彼女は「人の努力を消した」と怒った。僕は「締切に間に合わせただけだ」と言い返した。
雨は横殴りで、待っても弱まりそうになかった。
彼女が透明な傘を開いた。骨が一本曲がっていて、花びらみたいに片側がへこんでいる。
「駅まで入る?」
聞き間違いかと思った。
「でも」
「このまま二人とも遅れるほうが、むかつくから」
傘の下には、見えない中心線があった。彼女は右、僕は左。肩が触れないように歩くと、二人とも外側の袖が濡れた。
信号で止まったとき、彼女が言った。
「直した資料、見やすかった」
雨音に紛れそうな声だった。
僕は赤信号を見たまま答えた。
「最初の案がなかったら、作れなかった」
それだけで謝ったことになるとは思わない。けれど彼女の持つ傘が、ほんの少し僕側へ傾いた。
「私、消されたと思ったんだ」
「消してない。残す場所を変えただけ」
「それ、先に言ってよ」
「言う前に怒っただろ」
「怒らせたのはそっち」
結局また言い合いになった。なのに、先週より息がしやすかった。
駅前の坂で風が吹き、曲がった骨が大きく裏返った。二人で同時に傘の柄をつかみ、顔を見合わせて笑った。笑った拍子に中心線はなくなり、濡れた肩同士がぶつかった。
改札に着くころ、僕の左半分も彼女の右半分もびしょ濡れだった。
「半分ずつ濡れたね」
彼女が傘を閉じながら言った。
「公平だな」
「班発表も、これくらい公平にすればよかった」
電光掲示板には、遅延の文字が出ていた。急いだ意味はなかった。
彼女は濡れた資料のコピーを鞄から出し、僕が消したと彼女が思っていた部分を指した。そこには小さく、彼女の案を残した注釈があった。初めて気づいた彼女は、曲がった傘より困った顔をした。
それでも次の電車が来るまで、僕たちは一本の壊れた傘を間に置き、消したつもりも消されたつもりもなかった言葉を、最初から並べ直した。