傘の骨
卒業式の日は、朝から雨だった。
体育館の屋根を叩く音が、校長の祝辞よりはっきり聞こえた。透子は前の列に座る沙弥の後頭部を見つめながら、三週間前の喧嘩を思い出していた。
進学先を県外に決めたことを、沙弥には最後まで言えなかった。言えば寂しがらせると思った。けれど、別の友達から聞いた沙弥は、「寂しがる権利まで取らないで」と言った。それきりだった。
式が終わると、昇降口は傘の花であふれた。透子は靴箱の奥から、紺色の折り畳み傘を取り出した。中学一年の夏、二人で半分ずつ小遣いを出して買ったものだ。柄のところに、油性ペンで小さく「T・S」と書いてある。
開いた瞬間、一本の骨が外れた。
「まだ使ってたの、それ」
背後から沙弥の声がした。透子は振り向けなかった。
「捨てるタイミング、なくて」
「三年も使えば壊れるよ」
「直せるかもしれないし」
沙弥は返事をせず、胸元の卒業記念リボンを外した。赤い細紐を、折れた骨と布の間へ器用に結ぶ。応急処置の傘は、片側だけ少しへこんだ。
「これで駅までは持つ」
「沙弥の傘は?」
「朝、弟に持っていかれた」
二人で入るには小さい傘だった。昔と同じように肩を寄せると、透子の右腕と沙弥の左腕がすぐ濡れた。
校門へ続く道には、桜のつぼみが雨粒を抱えていた。誰かが後ろから名前を呼び、二人で同時に振り返ったせいで、傘の骨がまたきしんだ。
「向こう、雪降るらしいね」と沙弥が言った。
「うん」
「この傘じゃ無理だ」
「新しいの買う」
「一人で?」
「最初は」
言葉が雨に混じる。透子は勇気を出して、傘の柄を沙弥の側へ押した。
「夏休み、帰ってくる」
「命令?」
「予定」
「じゃあ、駅まで送る。今日だけ」
校門を出る直前、沙弥が傘を少し持ち上げた。赤い紐で結ばれた骨が、頼りなく、それでもちゃんと布を支えていた。
「行ってらっしゃいは、駅で言うから」
「うん」
「帰ってきたら、ちゃんとただいまって言って」
透子は濡れた袖で目元を拭いた。
雨は卒業写真をぼかしたけれど、あの日の傘の赤い結び目だけは、何年たっても鮮やかだった。