傘四本、月ひとつ
午後三時、団栗坂商店街に突然の夕立が落ちた。
アーケードの切れ目で、黒須戸陶子は巨大な段ボールの月を抱えて困っていた。直径一メートル半。今夜、児童館の劇で使う舞台道具だ。濡れれば銀紙が剝がれ、ただの丸い段ボールになる。
陶子が自分の傘を月へ差しかけると、本人の半身が雨に出た。
「月だけ無事でも、運ぶ人が風邪ひくよ」
魚屋が店の大傘を持ってきた。しかし月の右端しか覆えない。
「左が欠けてる!」
「三日月ということで」
「台本では満月です!」
花屋が二本目を出し、喫茶店の客が三本目を貸した。四本目は、クリーニング店へ傘を預けたばかりの会社員が、店の商品見本を借りてきた。
四人が月の四方へ傘を差し、陶子が中心で抱える。ところが全員の歩幅が違う。
「魚屋さん、速い!」
「会社員さん、信号を見て!」
「月が自転してます!」
「それは正しいのでは?」
最初は軒下から笑って見ていた人たちも、風が強くなると次々に外へ出た。傘が裏返りそうになれば押さえ、横断歩道では車へ大きく合図し、月が電柱へぶつからないよう声をそろえた。
商店街を、傘のかたまりと銀色の月がゆっくり進んだ。途中で八百屋が荷台を出し、小学生二人が水たまりを知らせる係になり、パン屋は到着後のタオルを持って追いかけた。
児童館へ着くと、子どもたちが拍手した。
その劇は、病気で休んでいる指導員のために配信される予定だった。指導員は毎年、舞台の月を作っていたが、今年は入院している。陶子は「先生の月を消したくない」と、一人で作り直したのだ。
本番で銀色の月が上がると、画面の向こうの指導員が笑った。
劇の最後、子どもたちは台本にない挨拶をした。
「月を運んでくれた皆さん、ありがとうございました!」
客席の後ろには、魚屋、花屋、会社員、喫茶店の客まで並んでいた。誰の傘がどの位置だったかで、まだ言い争っている。
翌日、四本の傘はそれぞれの持ち主へ戻った。どれにも、銀紙で切った小さな星が一つずつ結ばれていた。
雨を止めた傘は一本もない。
けれど四本集まれば、濡れそうな月くらいは、町じゅうで守れる。