優先席臨時会議
夕方の市営バスで、空席が一つだけできた。
つり革につかまっていた青年が、目の前の妊婦へ言った。
「どうぞ」
妊婦は礼を言いかけたが、隣に杖をついた老人を見つけた。
「私は大丈夫です。こちらの方に」
老人は首を振った。
「次で降りるから、あなたが座りなさい」
するとランドセルを背負った女の子が口を挟んだ。
「おじいさん、さっき次はまだ五つ先って言ってたよ」
老人は咳払いをした。
「五つくらい、すぐだ」
女の子の母親は両手に買い物袋を下げ、眠った幼児まで抱いていた。妊婦が今度は彼女へ席を勧めると、母親は慌てた。
「この子、座らせると降りるとき起きないので」
空席を囲んだ五人は、誰も座らないまま揺れていた。
青年が言った。
「会議しましょう。議題は、この席を誰が使うか」
「多数決なら赤ちゃんが二人いる人が有利ね」と妊婦。
「腹の中を票に数えるのはずるい」と老人。
「寝てる弟は棄権です」と女の子。
運転席から、こらえきれない笑い声がした。
「まもなく坂道です。会議中の皆さま、転ぶ前に結論をお願いします」
その瞬間、バスが少し揺れ、妊婦が腰を押さえた。老人がすぐ席を指さした。
「はい、議決。あなたが座る」
妊婦が座ると、青年は母親の買い物袋を持ち、老人は女の子のランドセルを膝へ載せた。女の子は眠る弟の靴が老人の服を汚さないよう支えた。
一つの席に、一人しか座っていない。
けれどその周りでは、四人ぶんの荷物と、二人ぶんの心配が、きれいに分けられていた。
老人が降りる停留所で、雨が降り始めた。妊婦は鞄から折り畳み傘を出して渡した。
「次で降りるんじゃなかったんですか」
青年がからかうと、老人は笑った。
「親切には、ときどき嘘も必要なんだ」
「では返却は?」
「いつか、誰かに」
老人が傘をさして歩き出すと、女の子が窓へ手を振った。
バスが再び動く。
空いた席には、今度こそ母親が座った。妊婦は幼児を抱き、青年は買い物袋を持ったまま、次の停留所まで立っていた。
席は一つしかなかった。
それでも車内には、全員が少しずつ座れる場所ができていた。