兄の町は未完成

 兄が事故で亡くなったあと、家族共有のゲーム機に、兄の作った町だけが残った。

 妹は削除しようとした。

「見るたび、死んだことを思い出す」

 弟は本体を抱え込んだ。

「消したら、兄ちゃんが二度死ぬ」

「ゲームのデータと人間を一緒にしないで」

「姉ちゃんこそ、消せば楽になると思ってるだけだ」

 二人は三か月、口をきかなかった。

 ある夜、ゲーム機が自動更新され、古いデータは次回以降読み込めない可能性があると表示された。

 仕方なく二人で町へ入った。

 兄の分身は、広場のベンチに座ったまま動かない。町には家族それぞれの家があった。

 父の家には工具台。

 母の家には花壇。

 妹の家には壁一面の本棚。

 弟の家には巨大な滑り台。

「私の本、こんなに持ってない」

「兄ちゃんの中の姉ちゃんだろ」

 町の端に、建設途中の橋があった。看板には、

〈家に帰る橋。材料不足〉

 と書かれている。

 兄が最後に遊んだ日の記録を見ると、必要な石を二人へ集めてもらうつもりだったらしい。家族全員の家を、中央の広場へつなぐ橋だった。

「完成させる?」

 弟が聞いた。

「勝手に続きを作ったら、兄さんの町じゃなくなる」

「未完成のまま守るのも、兄ちゃんが望んだか分からない」

 二人は夜明けまで石を集めた。

 妹は道を正確に作り、弟は予定にない街灯を置いた。

「兄さんなら、そんな色にしない」

「兄ちゃんじゃなく、俺が置いたから」

 橋が完成すると、ゲーム内の花火が上がった。兄の分身は立ち上がらなかった。それでも広場まで一本道がつながり、家族の家から同じ場所へ歩けるようになった。

 二人は町の映像を保存し、データを閲覧専用にした。削除もしない。新しい建物も増やさない。

 代わりに別の保存領域で、自分たちの町を一から作り始めた。

 最初の建物は、橋の向こう側にある小さな駅だった。

「どこへ行く駅?」

「決めてない」

「じゃあ兄ちゃんの町には戻れる?」

「戻れる。でも住むのは、こっち」

 兄の町は未完成ではなくなった。

 同時に、完成したからといって、二人がそこへ閉じこもる必要もなくなった。

 兄のいない新しい町で、妹と弟はまた喧嘩しながら、次の道を引いた。