先生の席

 四年一組の席替えには、三十枚の白いくじと、一枚の赤いくじを使う。

 赤には、席の番号ではなく〈先生〉と書かれていた。

「誰が入れたんだ」

 担任は毎回そう言って赤い紙を捨てた。けれど箱を振ると、次の瞬間には必ず中へ戻っている。

 六月の席替えで、伊佐坂月彦が赤を引いた。

 クラス中が笑った。

 担任だけは、顔から血の気が引いていた。

「引き直しはできない」

 担任は教卓から離れた。

 月彦が冗談半分に教師用の椅子へ座る。担任は空いた月彦の席へ腰を下ろした。

 始業の鐘が鳴った。

「教科書の四十三ページを開きなさい」

 教壇から聞こえたのは月彦の声だった。

 しかし言い方は大人びていて、黒板へ書く字も昨日までの担任と同じだった。

 誰も驚かなかった。

「月彦先生、漢字が違います」

 隣の子が普通に手を挙げた。

 月彦の席を見ると、元の担任が小さな体で教科書を開いていた。背広は制服に変わり、頬から髭が消えている。

「先生」

 私が呼ぶと、その子は口元へ指を立てた。

 休み時間、二人で資料室へ逃げた。

「私は二十三年前、この教室で赤いくじを引いた」

 子どもの姿になった元担任は言った。

「先生の体は、もう限界だった。だから私と席を替えた。みんなの記憶も、名簿も、家族も書き換わった」

「じゃあ、月彦は?」

「今日から先生だ。私の代わりに年を取る」

 資料室には歴代担任の写真があった。

 名前は毎年違うのに、全員、赤いくじを握っている。写真の端には、その年に突然転入した児童が一人ずつ写っていた。

 元担任はその中の一枚を指した。

 二十三年前の写真。

 そこには、今の月彦と同じ席に座る、子どものころの担任がいた。

「私はやっと戻れた」

 彼はうれしそうに笑った。

 教室へ戻ると、月彦先生が私を待っていた。

 大人の顔なのに、目だけは泣き腫らした月彦のままだった。

「気づいた人には、次の席替えを手伝ってもらう決まりです」

 月彦先生は、赤い紙を私の筆箱へ入れた。

「次は、君が引いたことにするから」

 白いくじは三十枚。

 赤いくじは一枚。

 だが筆箱の中には、私の名前が書かれた赤いくじが、すでに三十一枚入っていた。