八分を超える声

都市ガス会社の相談窓口では、通話が八分を超えると画面の時計が赤くなる。

徳永日菜子の電話は、七分四十秒を過ぎていた。相手は一人暮らしの高齢女性で、「給湯器が点かない」と何度も同じ説明をしている。監督席から、短く終えるよう合図が飛んだ。

「点検予約は明後日です。本日は元栓を閉めて――」

定型文を読みかけたとき、日菜子は相手の咳を聞いた。

「ほかに、いつもと違うことはありませんか」

「台所がね、卵の腐ったような匂いで。朝から頭も重くて」

時計は八分を越えた。チャットには上司から〈予約案内で切って〉と届く。通話時間の平均が今月の評価を左右することは、研修初日に聞かされていた。

日菜子は予約画面を閉じた。

「今から電気のスイッチには触れないでください。電話もそのままで、玄関の外へ出られますか」

女性が廊下へ出た音を確認し、緊急出動を要請した。近隣の工事で配管の継ぎ目が緩み、床下にガスが漏れていたと連絡が来たのは二十分後だった。

女性は外のベンチで待ちながら、「長く話してごめんなさいね」と何度も謝った。日菜子は、長かったのは話ではなく、必要な質問へたどり着くまでの手順だと思った。通話を切る前に、作業員が到着したことと、今夜の宿泊先を家族が手配したことまで確認した。

上司は安堵するより先に、赤い通話記録を指した。

「結果的にはよかった。でも全員が自由に質問したら、待ち時間が伸びる。今回は例外で処理して」

日菜子は録音を聞き直した。女性は開始一分で「変な匂い」と口にしていた。質問項目の最後にしか臭気確認がないため、住所確認や製品番号の聞き取りに埋もれていたのだ。

彼女は後輩の席へ行き、赤い時計ではなく、画面の左上を指した。

「『匂い』『頭痛』『気分が悪い』が出たら、時間より先にここを押して。迷ったら私を呼んで」

日菜子は三つの言葉で緊急確認へ切り替わる修正版を作り、品質管理へ提出した。通話実績の欄には、八分ではなく十二分三十六秒とそのまま入力した。

勤務終了の通知と同時に、安全応対研修の講師募集が届く。

日菜子は次回担当の欄へ、自分の名前を入れた。