八秒後の走者

閉じかける双子門へ、椿坂リオは一人で飛び込んだ。

《八秒残像》

走者の行動を八秒後に完全再現する残像を一体生成します。

残像は物体へ接触できます。

右の床板を踏む。門の左半分だけが開く。八秒後、青い残像が同じ板を踏んだ。

「反対側へ行け!」

リオは中央を横切り、左の床板へ跳ぶ。残像は八秒前の彼として右へ走り始める。二人が別々の板へ乗った瞬間、双子門が全開になった。

最短記録まで残り十五秒。前方には崩れる回廊、背後には残像。触れれば冷たいが、走り方も息の癖も自分と同じだ。

最後の跳ね橋は、二人で同時に鎖を引かなければ下りない。リオは右の鎖を引き、八秒前に左へ腕を伸ばす動きを仕込んだ。残像が再現し、橋が落ちる。

ゴールまで十メートル。残り三秒。

リオが跳ぶ。だが床が崩れ、指先が縁へ届かない。

その背中を、八秒後の残像が押した。

リオはゴール線を越え、計測が止まる。残像は崩落へ落ちるはずだった。ところが青い手が縁を掴み、苦しそうに顔を上げる。

残像に表情はないはずだ。

「また、間に合った」

それはリオの声ではなく、前回の挑戦で谷へ落ちた相棒、ナギルの声だった。八秒残像は動作を複製する機能ではない。死亡した走者の行動データを、次の挑戦者へ重ねていたのだ。

リオはゴール線から戻り、青い手を掴む。記録は再開し、世界記録を越えてしまう。それでも残像を引き上げた。

《個人最速記録の更新に失敗》

《残像データを完走者として認証》

ナギルの輪郭は、ゴール側へ上がってもなお八秒ごとに揺れた。過去の動作が終わるたび、身体の一部が光へ戻る。

「次の八秒を、俺は持っていない」

リオは彼の腕を肩へ回し、自分の動きをゆっくり共有した。一歩踏み出す。八秒後、ナギルも同じ一歩を踏む。新しい動作が残像へ書き込まれていく。

記録係は失格を告げたが、二人はゴールの外をさらに歩いた。八秒ずつ借りれば、相棒は過去の映像ではなく、現在へ追いつける。

《八秒後に走っていた者の正体を表示――前回、ゴールへ届かなかった走者》