六個目の餃子
久世怜央は、いつもの水曜日ではなく、月曜の閉店間際に来た。
「今日で最後です」
そう言うと、店主は理由を聞かず、鉄板へ油を引いた。怜央がこの店で頼むものは、焼き餃子六個と決まっている。
三日前、勤めていた会社を辞めた。正確には、辞めるよう勧められた。新規事業の縮小で、半年契約の社員から順に席を失ったのだ。怜央は母には「熊本支社への異動が決まった」と嘘をついた。明後日、実家へ戻れば、すぐに分かる嘘だった。
店には怜央しかいない。餃子を並べた鉄板から、ちりちりと油のはぜる音がする。水を差して蓋をすると一気に白い湯気が立ち、薄い皮を通して生姜と韮の匂いが広がった。蓋が外されると、六個の底はきつね色に揃っていた。
一個目は熱すぎて、噛んだ途端に肉汁が舌を刺した。二個目からは、小さく穴を開けて冷ました。
「向こうで、何するんだ」
「決めてません。しばらく休むって言ったら、母が心配するから」
「もう心配してるだろ」
店主は皿の端へ酢醤油を足した。それ以上は何も言わなかった。
怜央の母は、電話のたびに「仕事は順調?」と聞いた。怜央が「忙しい」と答えると、安心した声を出した。忙しさが、元気の証明になっていた。
五個目まで食べ、六個目を箸で持ち上げる。底の焼き色だけ、少し濃かった。
「最後の一個、焦げてますね」
「それくらいで捨てるな」
怜央は笑い、明日の朝八時にアラームを設定した。母が店を開ける前に電話する。異動ではないこと、次の仕事はまだないこと、二週間だけ寝かせてほしいことを、自分の口で言う。
解雇を告げられた会議室で、怜央は最後まで「承知しました」としか言えなかった。悔しさより、社員証を返すときの軽さが怖かった。明日の電話では、強がって転職活動の予定を並べない。眠れていないことも、貯金が三か月分しかないことも話す。そのうえで、実家の店を手伝う代わりに昼まで寝かせてくれと頼む。情けない条件だが、嘘よりは扱いやすい。
母が何と答えるかは分からない。実家で何をするかも決まらない。ただ、六個目の焦げは苦くなく、噛むと中から生姜の熱がゆっくりほどけた。