六角レンチの置き場所
青磁が陸斗の引っ越し先を訪ねたのは、母たちの離婚から六年ぶりだった。法的にはもう何のつながりもない。けれど陸斗から届いたメッセージは、〈机、一人で組めない〉の七文字だった。
ワンルームの床には、通販で買った机の板が散らばっていた。説明書は折れ、ネジ袋はすでに開いている。
「最初に全部出すなよ」
「兄貴面すんな」
「呼んだのはそっちだ」
「工具持ってそうだったから」
青磁は黙って六角レンチを受け取った。二人が一緒に暮らしたのは三年だけだ。その三年の間、陸斗は青磁の漫画を勝手に読み、青磁は陸斗のプリンを勝手に食べた。離婚の日、どちらも連絡先を聞かなかった。
机の脚を仮止めし、天板を裏返す。ところが最後の一本だけネジ穴が合わない。陸斗は「不良品だ」と言ったが、青磁は脚の向きが一本だけ逆なのに気づいた。
「昔から説明書読まないな」
「昔から最後に言うな」
外してやり直すと、机はきれいに立った。二人で押しても揺れない。陸斗は試しにノートパソコンを置き、何度かキーを打った。
「転職した。来週から在宅」
「聞いてない」
「今言った」
青磁も、来月結婚することを言っていなかった。口まで出かかったが、今日は机を立てる日だと思い直した。代わりに余ったネジを小袋へ戻し、説明書と一緒に上段の引き出しへ入れた。
帰り際、陸斗が玄関脇の段ボールを指した。
「それ、持ってって」
中には青磁が昔置いていった漫画が十冊入っていた。黄ばんだ背表紙の一冊に、陸斗の字で〈続き買った〉と書いた付箋が貼られている。
「全部そろってないぞ」
「残りはこの部屋。読みたきゃ来れば」
青磁は段ボールを持ち上げたが、重さを確かめてから床へ戻した。
「今日は二冊だけでいい」
「場所取るんだけど」
「机の下、空いてるだろ」
陸斗は舌打ちした。それでも段ボールを捨てる側には寄せず、新しい机の下へ押し込んだ。
青磁が廊下へ出ると、陸斗は六角レンチを投げてよこした。
「それ、そっちで持っとけ。棚も届くから」
扉はすぐに閉まった。青磁は手の中の小さな工具を見た。合鍵ほど大げさではないが、次に来る理由としては十分だった。