共有画面の午前十時

営業会議で資料を共有していた小夜の画面右上に、通知が滑り込んだ。

《青磁さま 新刊「夜明けにほどける」予約数が千部を超えました》

会議室の全員が読める大きさだった。

小夜の指が止まる。ペンネームも、恋愛小説の題名も、社内では一度も口にしたことがない。休日は原稿を書き、即売会では列ができる。それでも月曜になれば、無難な灰色のカーディガンを着て、趣味欄には「映画鑑賞」と書いてきた。

誰かが息を吸った。

その前に課長が言った。

「個人通知です。資料の六ページを続けてください」

声の調子は、数字の入力ミスを直すときと同じだった。笑いも質問も起きない。小夜は震える手でページを送った。

会議が終わると、課長だけが残った。

「画面共有中は通知を切ったほうがいいですね」

「すみません。あの、青磁というのは……」

「説明は不要です。業務外でしょう」

淡々とした返事に、かえって胸が痛んだ。小夜はスマートフォンを握りしめる。

「消します」

「通知を?」

「アカウントごと。会社で知られたら、もう無理なので」

課長は少しだけ眉を上げた。

「昔、私も写真を載せるサイトを消しました。同期に見つかって、急に幼稚に思えて」

予想外の言葉だった。

「後悔しています。十年分、手元にも残していなかったから」

課長は会議用モニターの電源を落とした。

「守るために隠すのと、恥じて捨てるのは別です。混同しないほうがいい」

それだけ言って部屋を出た。

自席に戻ると、同僚たちはいつも通り見積書の話をしていた。誰も青磁先生とは呼ばない。誰も千部をからかわない。その普通さが、思っていたよりやさしかった。

小夜は設定画面を開き、通知のプレビューだけを非表示にした。退会の赤い文字には触れない。

昼休み、予約数は千二十七になっていた。

小夜は作者アカウントに短く投稿する。

《ありがとうございます。予定通り、次の日曜にお届けします》

送信してから、机の引き出しに隠していた青磁色の万年筆を取り出した。午後の議事録を、そのペンで書き始めた。