内側から開かない家
夫が家の防犯設備を替え始めたのは、私が夜中に歩き回るようになったからだという。
「君は覚えていないだけだよ」
寝室の窓には開閉防止具がつき、廊下の扉には外側から留める金具が増えた。玄関の内鍵は、眠ったまま外へ出ないよう、専用の鍵がなければ回せない型に交換された。
私は一度も夢遊した記憶がない。
夫はスマートフォンで動画を見せた。暗い廊下を、私らしい人影が歩いている。けれど顔は映らず、着ている寝間着も見覚えがなかった。
ある朝、台所の警報器が外されていた。
「点検に出した」
勝手口の鍵もなくなっていた。
「防犯のためだ」
ベランダの避難器具を尋ねると、夫は管理会社が撤去したと答えた。電話で確かめようとしたが、固定電話はいつからか通じなくなっていた。
家を守るための工事が増えるほど、私は家から出られなくなった。
金曜の夜、夫は地方出張へ向かった。
出発前、寝室へ飲み物を運び、いつもより優しく布団を掛けた。
「朝まで眠れば、全部よくなる」
車が出ていく音を聞いてから、私は起き上がった。
玄関は開かない。窓も動かない。廊下の扉には、寝室側から触れられない位置で金具が掛かっていた。
夫の机を探ると、家の見取り図と保険会社からの封筒が見つかった。
見取り図では、玄関、勝手口、窓のすべてに赤い印がある。余白には、夫の字で一行だけ書かれていた。
〈室内からの脱出経路なし・確認済み〉
私は椅子で窓を割ろうとした。
そのとき、壁の奥で小さな機械が動き始めた。甘いような、焦げたような匂いが部屋へ流れ込む。
スマートフォンが鳴った。
出張中の夫だった。
『まだ起きていたのか』
「どうして分かるの」
『家のセンサーが、君の動きを知らせてくれた』
「何をしたの」
夫は答えず、穏やかに尋ねた。
『匂いは、もうしている?』
通話の向こうでは駅の案内放送が流れていた。
大勢の人が、夫が遠くにいることを証明している。
『心配しなくていい。明日の記録には、家の中にいたのは君一人と残るから』
寝室の照明が遠隔操作で消えた。
暗闇の中で、施錠確認の電子音だけが順番に鳴った。