冷えた採血管

冷蔵庫から出した採血管には、まだ白い霜が残っていた。

杵島葉月鑑定官はラベルを読み上げた。高辻咲良、二十三時十四分採取。死亡事故を起こした車の助手席にいた女だ。運転者は同乗していた県警本部長の甥ではなく、高辻だった――血中アルコール濃度が、その筋書きを完成させる。

「再検査は必要ない」

背後で御厨周悟管理官が言った。

「一度目と同じ数値だ。報告書を確定しろ」

葉月は採血管を光へ透かした。紫色の蓋、五ミリリットル規格。だが救急外来の採取記録には『血管確保困難のため、二ミリリットル小児管を使用』とある。記録ミスなら済む。けれど管のバーコードを照合すると、病院から警察へ渡された番号と末尾が一桁違っていた。

「この管は、高辻さんのものではありません」

「病院の入力ミスだ」

「血液型も違います。彼女はAB型です。これはO型」

御厨の声が低くなる。

「事故車から彼女の指紋が出ている。酒も飲んでいた。全体として矛盾はない」

「運転席の指紋は拭かれていました」

「だから何だ」

葉月は隣の保冷箱を開けた。返却予定の未鑑定資料の中に、二ミリリットル管が一本紛れていた。ラベルは剥がされ、黒い油性ペンで『廃棄』とだけ書かれている。底に残る病院バーコードは、高辻の採取記録と一致した。簡易検査ではアルコールは検出されない。

「誰が箱へ入れた」

「それを調べるのが、私たちの仕事です」

「違う。私たちの仕事は、事件を処理することだ。一本の管で本部長まで敵に回すつもりか」

葉月は霜の溶けた偽物を見た。冷えているだけで、正しい証拠に見える。高辻は今、取調室で自分が運転したと認めるよう迫られている。ここで数値を確定すれば、言葉まで血液に従わされる。

葉月は二本の採血管を別々の新しい袋へ封印し、バーコード、血液型、保管履歴を撮影した。鑑定結果欄には数値ではなく、『証拠物同一性に重大な疑義』と入力する。

御厨が報告書へ手を伸ばすより先に、葉月は電子署名を付けた。

送付先は、監察と検察庁の二か所だった。