冷蔵庫の四段目
父が脳梗塞で倒れてから、三人姉妹は実家の冷蔵庫を奪い合った。
一番上は長女の減塩煮物。
二段目は末妹の高たんぱくゼリー。
三段目は同居する次女が用意した、とろみ付きの食事。
「私の煮物、全然減ってない」
長女が言うと、次女は答えた。
「今週は飲み込みが悪いの」
「先に連絡してよ。三時間煮たのよ」
「こっちは毎食四十分かけて食べさせてる」
末妹も負けなかった。
「ゼリーなら安全でしょう」
「安全でも、本人が嫌がる」
「嫌がったら何も食べなくていいの?」
冷蔵庫の扉を開けたまま、三人は言い争った。
父は食卓から、かすれた声で言った。
「寒い」
誰も聞かなかった。
翌週、次女が台所で倒れた。病気ではなく、寝不足と空腹だった。
「食べる時間なかっただけ」
病院でそう言うと、長女は怒り、末妹は泣いた。
「どうして言わないの」
「言ったら、また誰が大変かの競争になるから」
退院後、三人は冷蔵庫の前で家族会議をした。
一段目は父の食事。
二段目は飲み込みの状態に応じた予備。
三段目は訪問スタッフ用の情報札。
そして四段目を空けた。
〈介護している人のごはん〉
その週に家へ来ない姉妹が、四段目を満たす決まりにした。弁当でも、切った果物でも、冷凍うどんでもいい。同居する次女は、父の食事を用意する前に、そこから自分の分を取る。
長女は通院の付き添いを月二回。
末妹は日曜の入浴介助と買い物。
次女は、二人が来る時間には家を出てよい。
最初の日曜、次女は喫茶店へ行き、何もせず二時間座った。
帰宅すると、父の前に末妹のゼリーと長女の煮物が並んでいた。どちらも半分残っている。
「食べなかった?」
「今日は、父さんがうどんって言った」
三人で笑った。
翌朝、四段目だけがきれいに空になっていた。次女が食べた印を見て、姉妹は父の完食よりほっとした。
父の食事が減らない日もある。
介護の方法で意見が割れる日もある。
けれど、介護する人の皿まで空のままにしないことだけは、三人で守れるようになった。