凱旋式を止めた黒い外套
雪の城門前で、コルネは指先を袖へ隠した。
魔王ヴァルグの凱旋式には、北方全土の諸侯が集まっている。寒いなどと言えば、人間の捕虜上がりが甘えるなと笑われるだろう。
先頭を歩いていたヴァルグが、突然振り返った。
「手を見せろ」
叱責を覚悟したコルネが両手を出すと、魔王は眉を寄せた。黒い外套を脱ぎ、彼女の肩へ掛ける。裏地には薄い温石が縫い込まれていた。
「重い外套は嫌いだと言ったな。これは軽くした」
夏の終わり、仕立屋で一度漏らしただけの好みだった。
「陛下がお召しになるものでは」
「余は凍らない」
実際、最強の魔王は吹雪の中でも白い息ひとつ吐かない。兵には進めとしか言わない男が、コルネの留め金だけは指を挟まないようゆっくり結んだ。
凱旋門の上では、式典官が二つの玉座を用意していた。
「魔王陛下、戦利品として得た人間の姫君を隣へ。民衆に支配の完成をお示しください」
コルネは足を止めた。彼女は姫ではない。滅んだ小国の地図係だ。それでも、人間を従えた象徴として何度も飾られてきた。
「上には行きません」
式典官が耳打ちする。
「一刻だけです。陛下のお顔を立てなさい」
ヴァルグの目が式典官へ向いた。
「余の顔は、彼女を台へ縛らねば立たぬほど軽くない」
「ですが民衆が待っております」
「待たせろ」
魔王はコルネにだけ問いかけた。
「どこへ行きたい」
「城の厨房へ。温かい豆のスープが飲みたいです」
「そうか」
ヴァルグは凱旋旗を副官へ投げ渡し、自ら城の裏口へ歩き出した。十万の兵がどよめく。
式典官が追いすがる。
「陛下、凱旋式をお捨てになるのですか!」
魔王はコルネの歩幅に合わせたまま、振り返りもしなかった。
「式を捨てるのではない。彼女を見世物にする予定を捨てる」
黒い外套の裾が雪を払う。
「全軍に告ぐ。玉座は一つに戻せ。コルネが望まぬ場所へ、余の名で彼女を立たせるな」