刃を売らない研磨師
ダーニャルは、剣を売らない研磨師だった。
武具商会の奥で、持ち込まれた古剣の欠けを直し、刃の癖に合わせて角度を整える。派手な新剣を並べる鍛冶師たちから見れば、彼の仕事は買い替えを邪魔するものだった。売上会議で示された寄与は6%。支配人は満足げに告げた。
「古物を延命させる職人は、商売の敵だ。研磨台を明け渡せ」
ダーニャルは砥石の粉を払い、借りていた前掛けを畳んだ。彼が最後に磨いた剣を、若い冒険者が抱えていた。新剣を買う金がなく、亡き父の剣を使い続けている青年だった。
「これで帰ってこられる」
青年の言葉を、支配人は笑った。
「帰還では売上にならん。売れるのは新品だ」
研磨台が撤去され、店は新剣だけを薦め始めた。光沢は美しく、値も高い。だが、使い手の握りや癖を無視した刃は魔獣の骨で跳ね、刃こぼれした。修理窓口がないため客は他店へ流れ、防具も薬も旅具も、まとめてそちらで買うようになった。
やがて、父の剣を持つ青年が大きな魔石を携えて帰還した。商会へ売るつもりだった品だが、研磨台の消えた床を見て踵を返す。
支配人が腕をつかむと、青年は静かに言った。
「この店を信用したのは、剣を売りつけず、帰れる刃にしてくれた人がいたからです」
その瞬間、会議室の《顧客縁算盤》が激しく鳴った。新剣だけに付けていた売上札がほどけ、修理を受けた客の装備購入、仲間の紹介、遠征後の換金まで、細い光となってダーニャルの砥石へ戻っていく。
「研磨は小銭仕事だ!」
支配人の叫びを、算盤が否定した。
《信頼を研いだ者が、来店理由を作った》
販売係たちが保管庫から古い注文票を運んだ。どれも研磨の翌日に防具や旅具が追加購入されていた。客は剣が直ったから出発を決め、出発を決めたから必要な品を揃えたのだ。支配人が破ろうとした注文票は、算盤の光に固められ、指から離れなかった。
呼び戻されたダーニャルは、元の研磨台には座らなかった。商会長席の隣へ新しい机を置き、最初の命令として修理窓口の再開を告げた。
翌日、遠征帰りの冒険者たちが欠けの少ない古剣と、大量の魔石を持って商会へ並んだ。彼らはダーニャルの窓口が戻るなら、素材の換金も防具の購入もここで続けると告げる。新剣を売っていた鍛冶師たちは反発せず、自分の刃を長く使ってもらうために研磨角度を学ばせてほしいと頭を下げた。支配人だけが「修理は新品の敵だ」と呟いたが、商会長は彼を返品受付へ回した。そこでは客が、壊れた剣より先に壊された信頼について語っていた。
《真価確定:ダーニャル 実売上寄与94%》
《売上順位:最下位→首位/役職:奥工房の研磨師→武具商会総監》