切り抜かれた沈黙のあとで

《またマイク切った。都合悪くなると無言かよ》

《前の救助でも仲間を見捨ててミュートした女》

《久遠澪の“献身キャラ”はもう通用しない》

 白肺坑の隔壁の向こうで、七人が毒霧に沈んでいた。

 救助用の空気筒は運搬中に破裂。隔壁を開けば霧が避難区画まで流れ込む。残された猶予は二分と表示されている。

 久遠澪は防毒面を外した。救助班が差し出した予備の酸素筒も受け取らない。前回の炎上以来、彼女の沈黙は「薄情」の証拠として何度も再生され、救助案件はすべて取り消されていた。それでも今回は、隔壁の向こうから届いた七つの救難登録に、自分から応じた。

 コメント欄が一瞬で加速する。澪は唇に指を当て、配信画面のマイクボタンを一度だけ押した。

《は? 防毒面まで外した》

《自殺配信やめろ》

《待て、バイタル表示。澪の呼吸数がゼロになった》

 澪は深く息を吸い、そのまま止めた。

 隔壁の向こうで、倒れていた探索者の胸が同時に持ち上がる。紫色だった唇に赤みが戻り、一人、また一人と立ち上がった。

 澪の固有技能《共有呼吸》は、彼女が一度吸った空気を、救難登録された全員へ分配する。自分が吐くまで、対象は澪の肺で呼吸できる。

 音声を切るのは演出ではない。息を漏らさないためだった。

《七人の酸素飽和度、全員九十八まで回復》

《過去配信を検証した。あのときもミュート中だけ負傷者の呼吸が同期してる》

《“見捨てた三十秒”じゃない。三十秒ずっと代わりに息してたんだ》

 救助班が隔壁を閉じたまま外壁を切り抜く。

 澪の頬から血の気が失われていく。彼女は何も言えない。それでも指で、急げ、ではなく、落ち着け、とゆっくり円を描いた。

 七人が安全区画へ滑り込む。

 最後の一人が親指を立てた瞬間、澪はようやく息を吐いた。咳き込み、床へ片膝をつく。助けられた隊長が駆け寄ったが、澪は先に彼の酸素計を確かめた。

《全員生存》

《澪も意識あり》

《疑ってたやつ、切り抜きの続きまで見ろ》

《検証完了。前回も今回も救命行動》

 配信サイトの急上昇欄で、昨日まで一位だった動画名が書き換わった。

【切り抜き題名更新:『無言で仲間を見捨てた女』→『七人分の呼吸を一人で止めた女』】