券売機、ただいま授業中
夕方の駅で、切符売り場に小さな渋滞ができていた。
先頭には、藤色の帽子をかぶった老婦人。券売機の前で、運賃表と画面を交互に見ている。
「孫をホームまで送りたいんです。電車には乗りません」
後ろの会社員が言った。
「入場券ですね。たしか百五十円」
高校生が首を振る。
「この機械、最初に『きっぷ』を押すんです」
旅行客が口を挟む。
「いや、『その他』の中では?」
清掃員まで箒を立てかけて加わった。
「先月、画面が変わりましたよ」
四人が別々の場所を指し、老婦人の指は空中で迷子になった。
「皆さん、一度黙ってください」
老婦人が言うと、臨時講師たちは姿勢を正した。
まず高校生が、画面の最初の一枚だけ説明する。
次は会社員。
分からなくなったら、清掃員が一つ前へ戻す。
旅行客は、後ろの人へ「別の券売機が空いています」と案内する係になった。
ようやく〈入場券〉の文字が現れた。
老婦人は百円玉と五十円玉を入れた。ところが券売機は五十円玉を返した。新しい入場券は百四十円だった。
「一円も十円もあります!」
老婦人が財布を開くと、小銭が滝のように床へ落ちた。
全員で拾った。
その間に、制服姿の少年が改札から顔を出した。
「ばあちゃん、もういいよ。時間ない」
老婦人は十円玉を入れ、出てきた切符を握った。
「初めて一人で遠くへ行く日に、ホームで見送るって約束したでしょう」
少年は照れたように目を伏せた。
「着いたら連絡するから」
「着く前にもしていいのよ」
「それじゃ一人旅にならないだろ」
口ではそう言いながら、少年は老婦人の手から切符が落ちないよう、改札までそっと支えていた。
臨時講師たちは、なぜか全員で改札までついていった。
老婦人が入場券を通す。
少年が振り返る。
列車の扉が閉まる直前、彼は大きく手を振った。
老婦人は泣かずに振り返した。列車が見えなくなってから、ようやく鼻をすすった。
「皆さんのおかげで、約束に間に合いました」
一週間後、駅の券売機脇に手書きの案内が貼られた。
〈入場券はこちら。分からないときは、一人ずつ教えます〉
最後の一行は、老婦人の字だった。
〈大勢で同時に教えると、余計に分かりません〉