剣聖の一撃に字幕をつける
闘技場の字幕係ナディカは、剣を持ったことがなかった。
外国人奴隷の叫びを観客席へ映すのが仕事だが、貴族は翻訳など読まず、血が流れれば笑った。無敗の剣聖ガルダスは、彼女の文字板を踏みつけて言った。
「口の動きしか追えぬ者に、戦いは分からん」
【固有スキル《表現字幕》:意味を伴う一連の表現を、指定した言語の短い文字列へ置き換える】
その日、領主は余興としてナディカを闘技場へ放り込んだ。相手はガルダス。勝てば自由、負ければ字幕係の代わりに見世物の死体になる。
観客は彼女が泣くと思った。
ナディカは折れた練習剣を拾い、スキルをガルダスへ向けた。
男の頭上に、誰にも見えない字幕が浮かぶ。
《左肩を見せ、右脇腹を斬る》
口は動いていない。だが剣先、爪先、呼吸、視線が、一つの意味を伝えていた。
ナディカが半歩下がると、刃は衣服だけを裂いた。次の字幕は《怯えた顔を確認してから喉》。彼女は笑い、先に剣の腹を叩いた。
「なぜ読める!」
ガルダスが初めて怒鳴る。
《大上段は囮。砂を蹴り、目を潰す》
ナディカは目を閉じる前に足を払った。剣聖は自分の蹴った砂へ顔から落ちた。
激昂した男が必殺の構えを取る。字幕は長かった。
《観客へ背を向けた瞬間に禁制の加速具を起動し、事故に見せかけて殺す》
ナディカは、その文字列を闘技場の大字幕板へ翻訳した。
全観客の前に、不正の意図が白く燃え上がる。
領主が止めるより早く、審判団がガルダスの腕輪を押さえた。加速具の封印が見つかり、無敗の名が崩れ落ちる。
大字幕板には、ガルダスだけでなく領主の小声まで映っていた。
《賭け金を守るため、審判へ毒を渡せ》
観客席の奴隷商たちが立ち上がり、賭博帳簿を奪う。これまで事故として処理された敗者の名も、不正な字幕の下へ次々と並んだ。ナディカが読んでいたのは口ではない。勝者だけが隠せると思っていた意図そのものだった。
彼女は折れた剣を置き、今度は誰にも踏ませないよう文字板を拾った。
自由証を受け取る前に、ナディカの職業欄が輝いた。
【職業《字幕係》が上位職《武意字幕士》へ書き換わりました】