割れた薬瓶と空かない席
荷運び役のユーノが転んだのは、討伐を終えてギルドへ戻る最後の坂だった。
背負い袋から薬瓶が飛び出し、石畳で一斉に割れた。解毒薬も回復薬も、次の遠征のために買い集めた高価な品だ。通りに甘苦い匂いが広がる。
「弁償します」
そう言いながら、ユーノはもう計算していた。宿代を削っても十年かかる。以前いた商隊では、皿を一枚割っただけで置き去りにされた。
盾役のブラムは割れた瓶を拾い、魔術師リュシェは濡れた帳簿を開き、弓使いキサラはギルドの扉へ向かった。
三人が別々に動いた。別れの手続きを進めているように見えた。
薬瓶はユーノが自分の給金で補充してきたものでもあった。誰かが傷つくたび、荷運びしかできない自分にも役目があると思えたからだ。割れた液体が側溝へ流れるのを見て、その役目まで消えていくようだった。
通行人が『あの荷運び、首だな』と笑った。ユーノは否定できなかった。三人が散った後も、誰も彼の袋を蹴らなかった。それなのに優しさを信じるより、次の冷たさを予想するほうが簡単だった。
ユーノは荷紐をほどいた。
「今までありがとうございました。袋は置いていきます」
濡れた靴のままでも、ブラムはユーノの歩幅に合わせて酒場まで歩いた。
戻ってきたブラムは、袋を受け取る代わりに自分の盾をユーノの背へ括りつけた。
「次はこれも運んでくれ。お前の結び方が一番ほどけない」
リュシェは帳簿の損失欄に三本の線を引いた。
「薬代は共同経費。あなた一人の借金にしたら会計が間違う」
キサラはギルド食堂の長椅子へ外套を置き、四人分の夕食札を並べた。
「席を取ってきた。今日は混むから、勝手に消えないで」
ユーノは盾の重さに耐えきれず、膝をついた。
「でも、次の遠征に薬がない」
ブラムが割れ残った栓を掲げる。
「だから買い直す」
「四人でね」とリュシェ。
キサラは食堂の扉を足で押さえたまま、空いた一席を指した。
ユーノが座るまで、誰も注文を始めなかった。
割れた薬瓶の匂いが服に残っていても、その席だけは最後まで空かなかった。