勝利条件は送信しない
世界大会決勝、最終マップ開始の十秒前。鐘巻惟月のチームチャットに、七分後の自分から一文が届いた。
〈四十二秒、B通路は空く。全員で入れ。〉
白いキーボードのスペースキーだけが欠けている。先取十三ラウンド。勝てば賞金五千万円とプロリーグ昇格、負ければスポンサー契約は終了。それが惟月たちの成功条件だった。
四十二秒、B通路は本当に空いた。六対一。だが次のラウンドから読まれ、十一対十三で敗れた。敗北画面の中央に入力欄が出る。
〈試合開始前へ、一文だけ送信できます〉
惟月は「四十二秒」を「三十七秒」に変えた。画面が暗転し、また開始十秒前。白いキー。観客の低い唸り。
五周目には相手の守備交代を当て、九周目には最終ラウンドの投擲位置まで一文へ圧縮した。言葉は暗号になった。
〈37B2煙、61A偽、最終は屋上。〉
十二周目、十三対十二。優勝ロゴが弾け、仲間が惟月の肩を叩いた。成功条件達成。だがトロフィー授与前、審判端末が警告を出した。
〈因果固定のため、勝利に使用した一文を過去へ送信してください〉
入力欄の横には大会規約が表示されていた。外部情報の取得は形式を問わず不正行為。未来からの情報も、定義上は外部だ。さらに観客席の大型画面には、敗れた相手チームの選手が机を蹴る映像が映っていた。彼らは惟月たちの不自然な先読みを理由に、八百長を疑われている。
「送れよ」
仲間が笑う。彼らには周回の記憶がない。白いスペースキーの欠片だけが、惟月のポケットで何度も同じ角を刺した。
惟月は勝利用の暗号を消した。
〈開始直後にサーバーを切り、未来情報を使ったと審判へ申告しろ。〉
送信すると、決勝は最初の十秒へ戻った。
惟月は電源ケーブルを抜いた。会場がどよめく。審判へ自分の端末を差し出し、規約違反を認めた。チームは失格、賞金はゼロ。惟月は永久出場停止になり、スポンサーはその日のうちに契約を切った。
翌朝、試合映像の再生数だけが伸び続けていた。チャット欄に未来からの一文はない。
惟月は欠けたスペースキーを机へ置いた。押せない空白が、初めて自分で選んだ一手に見えた。