十一本のろうそく
七澄は、今年で十一歳になる。
去年まで好きだった黄色を「子どもっぽい」と言い、最近は水色ばかり選ぶ。算数は苦手で、図工の時間だけは先生に褒められる。夕飯の人参を皿の端へ寄せる癖は、幼いころから変わらない。
私は誕生日の朝、鵜殿美緒という母親の仕事を一つずつ片づけた。
水色のワンピースを包み、苺のケーキを受け取り、十一本のろうそくを立てる。七澄の席には、星柄の皿と小さなフォーク。
夫の昂平は、仕事から帰るなり食卓を見て立ち止まった。
「今年も、するんだね」
「誕生日だもの」
「うん」
その返事が冷たく聞こえた。七澄のことを忘れたいのだと思った。
六時を過ぎても、娘は帰らない。
「友達と寄り道かな」
私は窓から通学路を見た。ランドセルの子どもたちが次々に角を曲がる。水色の服は見えなかった。
「電話してみたら?」
「番号は、まだ持たせてないでしょう」
昂平は何も言わず、押し入れから白い箱を出した。
中には、片方の掌に載るほど小さな靴があった。十一年前、産院から持ち帰ったままの編み物だった。
「美緒」
夫の声が震えた。
「七澄は、学校から帰ってこないんじゃない。学校へ行ったことがない」
星柄の皿も、水色の服も、図工の賞状も、私が毎年少しずつ増やしたものだった。
七澄は生まれた日に亡くなった。
私は一年ごとに、歩き始めた姿を想像した。入園させ、ランドセルを背負わせ、好き嫌いを作り、今年は反抗期の入口まで育てた。誰にも見えない娘は、私の中でだけ十一年を生きた。
「分かってる」
私は言った。
初めて、言葉が嘘ではなかった。
昂平は十一本の火を見つめた。
「消そうか」
「二人で」
息を吹くと、七澄の顔が煙の向こうで一瞬だけ笑った気がした。けれど私は追いかけなかった。
水色のワンピースを箱へ戻し、小さな靴の隣に置く。
「誕生日、おめでとう」
娘へではなく、十一年間娘を育て続けた私たちの時間へ言った。
翌朝、食卓の皿は二枚だった。
七澄を忘れたのではない。
もう、帰宅を待たなくても愛せると、ようやく分かったのだ。