十五分遅い時計
折原塔子の評価面談は、朝一番の検体が「十五分放置された」という指摘から始まった。
健診センターの検査室で働き始めて半年。処理件数は基準を満たしていたが、安全管理の欄だけが最低点になっている。
「受付から遠心分離まで三十分。規定は十五分以内です。担当した新人にも始末書を書いてもらう」
主任は、管理画面の時刻を指した。受付七時四十二分、処理開始八時十二分。新人は今朝、泣きそうな顔で「すぐ運びました」と繰り返していた。面談室の曇りガラスの向こうでは、遠心機が低く回り続けている。塔子には、検体を運ぶとき新人が息を切らし、受け渡し欄を二度確認していた姿が残っていた。
塔子は評価への反論より先に、検体番号を尋ねた。紙のラベルには七時五十七分とある。遠心機の履歴も七時五十八分。十五分遅いのは人ではなく、受付端末の記録だけだった。
「同じ端末の検体を並べてもいいですか」
画面に十件を出すと、すべて紙ラベルより十五分早い。別の受付端末では差がなく、遅れが一人の動きではなく一台の機械に沿っていることも分かった。前夜の停電試験後、端末の時計だけ手動設定のまま戻され、分の入力を誤っていた。
主任は眼鏡を外した。
「では、遅延はなかった?」
「ありません。ただ、時計が一つずれても気づけない手順でした」
塔子は新人の始末書を机の中央から退けた。代わりに、今朝作った確認票を置く。始業時に受付端末、ラベル印字、遠心機の三時刻を一件だけ照合し、差があれば処理を止める。件数を増やす提案ではない。だから評価点がすぐ上がるものでもなかった。
主任は面談票を見直し、「夜勤の班長を任せたい。ただ、処理件数の責任も持つことになる」と言った。
塔子は任命書の余白へ一文を書き足した。
〈始業時照合に要する時間は、処理遅延として算定しない〉
「この条件なら引き受けます。新人の注意力だけに安全を預けたくありません」
主任が朱印を押す。塔子は新人の始末書を破棄箱へ入れ、条件の加わった任命書に署名した。