十八時の一億円
地方銀行の投資子会社で、籠橋朔也は出向二か月目だった。食品廃棄を減らすスタートアップ「リピートリーフ」へ十億円を出資する最終会議。創業者は、前月売上が初めて一億円を超えたと胸を張った。
決算速報には一億二百万円。大口スーパーとの取引開始を示す数字だという。朔也は売上証憑として提出された入金明細を見た。三月三十一日午後六時ちょうど、一億円が振り込まれている。
銀行の通常送金受付は午後三時まで。それ以降の入金は翌営業日扱いになるはずだった。
「即時振込です」と財務責任者は答えた。
朔也は銀行内の決済記録を開いた。送金元はスーパーではなく、「RRF企画合同会社」。リピートリーフ創業者の兄が代表を務め、所在地は創業者の自宅と同じだった。摘要欄の「商品代」は、手入力にすぎない。
さらに四月一日午前九時二分、同額の一億円がRRF企画へ戻されていた。往復十四時間。手数料六百六十円だけを残し、売上の形を作った資金だった。
投資責任者は、入金が実在する以上、会計処理の問題だと言った。
「成長企業には柔軟さも必要だ」
朔也は決算速報の監査確認印を示した。押印時刻は三月三十一日午後五時四十八分。一億円が入る十二分前に、売上確認済みとなっている。
創業者は机を叩いた。
「四月に正式契約が始まる。先に数字を立てただけだ」
朔也はスーパーから届いた回答書を読んだ。契約交渉は打ち切られ、発注実績はゼロ。
銀行へ戻れば、この案件を推した支店長の部下として働くことになる。それでも朔也は投資契約書の資金使途欄へ付箋を貼った。
「一億円が会社へ入ったのではなく、決算日だけ通り抜けました」
朔也は往復送金の取引番号も読み上げた。末尾八桁が同じで、銀行側では「組戻し相当の関連取引」として自動警告が出ていた。その警告を解除した承認者は、案件を推した支店長本人だった。支店長は資金繰り支援だと言ったが、融資稟議も契約書も存在しなかった。
頭取代理が出資承認書を閉じた。十八時の入金が、十億円の時計を止めた。