十四番席の消灯

午後十一時五十分、鷺坂幹人の画面に与那城朝葉の名前が浮かんだ。

二人で取った夜行バスの発車まで十分。別れて三か月、予約だけが消せずに残っていた。十四Aと十四B。行き先は、朝葉が春から暮らす北の町だった。

「十四A、まだ幹人の名義だよね」

「キャンセルするなら、そっちでやって」

「代表者は幹人だから、私じゃ消せない」

背後で案内放送が聞こえた。朝葉はバスターミナルにいるらしい。

「誰と行くんだ」

「一人」

「十四Bだけ使うのか」

「そう」

幹人は予約画面を開いた。取消料は百パーセント。金額より、隣り合った座席がまだ有効なことのほうが気に障った。

三か月前、朝葉は〈もう待てない〉と送ってきた。幹人は昇進試験の直前で、返したのは〈分かった〉の四文字だけだった。転職して同じ町へ行くつもりだと伝える前に、彼女は部屋を引き払った。

「消せばいいんだな」

「うん。あと八分で発車するから」

タップしようとした指が止まる。予約詳細の備考欄に、見覚えのない追記があった。

〈十四A乗車者へ 当日二十三時四十分まで座席変更を保留〉

「これ、何だ」

朝葉が少し黙った。

「今日まで、来るかもしれないと思ってた」

「連絡くれれば」

「したよ。先週、会社に」

幹人は机の封筒を見た。総務から転送された社内便を、広告だと思って開けていなかった。破ると、退職者宛てとして戻された手紙と、バスの乗車券が出てきた。

〈十四Aを空けておく。来たら、もう一度だけ話したい〉

時計は十一時五十七分。ターミナルまでは車でも二十五分かかる。

「朝葉、俺、会社を辞めた。そっちで働くつもりだった」

「だった、って何」

「君が待ってないと思って、昨日、別の内定を受けた」

発車案内が重なる。電話の向こうで、荷物室の扉が閉まった。

「どっちも、確認しなかったね」

「ああ」

「十四A、最後まで空けておくよ」

零時ちょうど、通話が切れた。幹人はキャンセルボタンではなく、乗車券の表示を長押しした。〈端末から削除〉を選ぶと、十四Aの青い座席だけが暗くなった。