十日森は薪を置く
朔庭イツキの新しい職業は、森の持ち主だった。
もっとも、木を切る気はない。
前職は王都製材所の夜間主任。緑の作業服は肩が白く擦れ、腰紐には折れた笛が下がったままだ。笛が鳴れば、夜でも食事中でも走った。退職後も旧班の連絡符には「搬送機停止」「欠員二名」「至急返答」が積もっている。
売れ残り同然で買った十日森には、妙な決まりがあった。
十日ごとの夜、森は寿命を迎えた枝だけを根元へ落とす。朝になると蔓が枝を同じ長さに束ね、石の荷車が街道沿いの薪市場まで運ぶ。若木には傷一つつかない。森番も木こりも要らず、イツキが寝坊しても第十日の仕組みは遅れなかった。
最初の出荷日の昼、木札が軽く鳴った。
〈乾燥薪三十六束、定期契約先へ納品済み。領地保全費を除く収益を振替済み〉
イツキは金額より、次の一文を三度読んだ。
〈次回確認予定:十日後。所有者の立会い不要〉
最初の十日、イツキは落ち着かなかった。早朝に目が覚めて斧を探し、日が暮れると生産記録を書こうとした。だが森の管理碑には、〈倒木なし・病木なし・人手不要〉と毎日同じ文字が出るだけだった。七日目、彼は記録用紙を焚きつけにせず、紙飛行機にして川へ飛ばした。何も起きない日が続くほど、森は健全だった。
ちょうど旧製材所から通話が入る。
『イツキ、戻ってくれ。夜班を回せる者がいない。今日だけでいい』
元工場長の声は、頼む形をしていても断られるとは考えていなかった。
「今日だけ、を三年間聞きました」
『森を持ったからって遊んで暮らせると思うな。働かないと人間は鈍るぞ』
イツキは薪の売上で買った、小さな釣り針を指先で揺らした。暮らしは足りる。鈍るなら、まず夜中に笛が鳴るたび跳ね起きる癖から鈍らせたかった。
「では、鈍る練習をします。夜班には戻りません」
通話を切り、旧班の連絡符を箱へしまう。
森の奥では、十日働き終えた蔓が枝に戻っていた。イツキもそれにならい、川へ釣り竿を持っていく。魚が釣れなくても、困らない。
今日は誰にも急かされず、浮きが沈むまで待てる日だった。