午前一時のドライヤー
午前一時になると、隣室のドライヤーが始まる。
井坂の部屋では、机のスタンドライトだけが点いていた。窓の外は雨で、室外機の回転が濡れた壁を伝ってくる。ノートパソコンのファンは細く唸り、メールの受信欄には、夕方から同じ件名が並んだままだった。
隣のドライヤーは三段階ある。
最初は強い風が五分ほど。次に少し弱まり、最後は冷風らしい高い音へ変わる。風が止まると、洗面台のコップを置く音がし、二分ほどして照明のスイッチらしい小さなクリックが響く。
井坂はその順番を、締切前の夜に覚えた。
今夜は、提出したデザイン案の返事を待っていた。採用なら今週中、不採用なら連絡なし、と担当者は言った。日付はあと五十八分で変わる。画面を更新するたび、パソコンのファンが一度強く回った。
一時になった。
けれど隣は静かだった。雨がサッシを打ち、エアコンの風向板がかすかに動く。井坂は受信欄を更新し、また更新した。ドライヤーが始まらないこととメールが来ないことが、同じ種類の不安に思えてきた。
一時七分、壁の向こうで水道が短く流れた。次に、いつもの強い風が鳴った。
井坂は肩の力を抜いた。遅く帰ったのかもしれない。髪を洗わなかったのかもしれない。知らない人の七分間を、勝手に悪い方へ考えていただけだった。
ドライヤーが弱まり、冷風へ変わる。井坂はメール画面を閉じた。返事が来ないという結果は、明日になっても変わらない。今夜ずっと見張る必要はなかった。開いたままの参考資料を保存し、付箋に『朝、一度だけ確認』と書く。書いた字は少し斜めだったが、貼り直さなかった。
浴室へ行き、濡れたまま結んでいた自分の髪をほどいた。タオルの冷たさが首へ触れる。ドライヤーのスイッチを入れると、二つの部屋の風が壁を挟んで重なった。
向こうが先に止まり、コップを置く音がした。
井坂も冷風まできちんと当てた。鏡は見ず、パソコンも開かず、スタンドライトを消した。雨と室外機だけになった部屋で、返事のない夜を、朝まで預けてみることにした。