午前二時の採点表
午前二時十三分、天井がまた震えた。
四〇二号室の鷺ノ森千汐は、枕元の端末へ時刻を入力した。上階では和泉ヶ峰剛矢が、友人を集めてカラオケをしている。
翌朝、剛矢は廊下で千汐を見つけると笑った。
「神経質すぎるんだよ。うちは防音仕様だし、音が嫌なら戸建てへ引っ越せば?」
管理会社へ相談しても、剛矢は訪問時だけ静かにし、〈階下の嫌がらせ〉だと言い返した。ついには千汐の郵便受けへ、耳栓の箱まで入れた。
その週、大家立会いの聞き取りが開かれた。
剛矢は印刷した紙を配った。
「友人三十人に聞いた。全員、常識的な音量だったと回答してます」
紙の題名は〈騒音被害者の過敏度採点表〉。千汐を一から十で評価し、笑いものにするコメントまで付いていた。
千汐は端末を机へ置いた。
「私が記録したのは感想ではありません」
建物には漏水検知と防災確認のため、各階の共用廊下へ環境センサーが設置されていた。管理会社が保存した数値では、剛矢の部屋の前だけ、深夜に八十五デシベルを超える日が十九回。振動センサーも同時に反応している。
さらに玄関カメラには、剛矢が大型スピーカーを運び込み、警告文を受け取った直後に「今夜は百点を出す」と配信する姿が映っていた。
「室内の音を勝手に測るな」
剛矢が怒鳴ると、大家は首を振った。
「室内ではなく共用廊下です。数値も一室だけでなく、全階を同じ条件で記録しています」
剛矢は友人の証言を盾にした。だが採点表の三十人のうち、実在する入居者は一人もいない。名前の半分は、彼が使うゲームアカウントだった。
大家は、改善命令違反、深夜騒音の反復、他住人への嫌がらせを理由に契約解除通知を渡した。防音仕様という説明も、剛矢が壁へ勝手に薄い吸音材を貼っただけで、退去時には原状回復費が必要になる。
剛矢は声を落とした。
「次から音量を下げる。耳栓代だって払っただろ」
千汐は未開封の箱を返した。
「必要なのは、私の耳栓ではなく、あなたの退去です」
午前二時十三分のセンサー記録が最終警告違反として採用され、明渡日が確定した瞬間、他人を採点していた剛矢の暮らしだけが零点になった。