午前零時のルームツアー
二十三時五十分。水守鷹央は横浜のワンルームで、オンライン内見の画面を見つめていた。大阪にいる桐生真結と選んだ、名古屋の二LDK。二人の職場の中間で暮らす計画だった。申込枠の保持は午前零時まで。
画面の隅で、真結が黄色い巻尺を伸ばしている。去年、鷹央が家具の寸法を測って大阪へ送ったものだ。百四十二センチの位置に赤い印がある。二人で使う予定だった食卓の幅だった。巻尺は内見のたび横浜と大阪を宅配便で往復し、ケースには二人の送り状を剥がした跡が残っている。相手の部屋へ届くたび、同じ家具を別々の壁に当ててきた。ケースの蓋には、真結が書いた〈次は二人で測る〉の文字も残っている。内見動画の共有欄には、鷹央の作業机、真結の本棚、二人分の靴箱と、まだ持っていない家具まで名前をつけて保存してあった。
「寝室、六畳だって」
「十分じゃない?」
「この部屋には住めない」
真結は平らな声で言った。
鷹央は申込ボタンから指を離した。三か月前から、真結は週末の通話を二度断り、内見の日程も延ばした。画面の背後には見覚えのない男物の上着が掛かっている。聞く勇気がなく、代わりに最悪の答えを自分で作ってきた。
「だったら、最初から言ってくれればよかった」
「何を?」
「もう俺とは住めないってこと」
真結が目を見開く。音声が途切れ、口だけが動いた。回線表示は赤になり、映像が固まる。
不動産会社の担当者が「残り三分です」と告げた。
鷹央は机の引き出しから、真結の部屋の合鍵を出した。春に返すと言いながら、会う口実にして持ち続けた鍵だ。スマートレターへ入れ、宛名を書く。
午前零時。申込枠が消えた直後、止まっていた音声がまとめて再生された。
「違う。この部屋じゃ鷹央の作業机が置けない。隣の角部屋なら入るから、そっちを――」
画面には真結が男物の上着を持ち上げていた。鷹央が冬に置いていったコートだった。その下から、名古屋支店への異動内示が映る。
だが、通話はもう切れていた。真結から〈さっきのは、別れたいって意味?〉と届く。鷹央は否定を書き、消し、また書いた。時計は零時四分。
彼は空になった共有物件フォルダを閉じ、合鍵を入れた封筒の口を糊で塞いだ。