午前零時の万年筆

父は、感情を鉛筆で下書きしてからでなければ口にできない人だった。

母が亡くなったときも、私へ「大丈夫か」と聞いただけで、自分が大丈夫でないことは一度も言わなかった。

入院した父の机を整理していると、黒い万年筆が出てきた。

若い頃から使っていた物で、ペン先は少し曲がっている。

インクを補充して枕元へ置いた夜、午前零時になると、万年筆が一人でノートを開いた。

ゆっくり、一行だけ書いた。

「怖い」

父は眠っていた。

翌朝、ノートを見せても「知らん」と言う。

けれどその夜も、零時になると万年筆は動いた。

「まだ帰りたい」

手術を控えた父は、医師にも私にも「なるようになる」としか言わない。

私は毎晩、万年筆が書いた一行を読むようになった。

「母さんの味噌汁が飲みたい」

「娘に迷惑をかけた」

「一人で眠るのは嫌だ」

どれも、父が口にしない言葉だった。

私は腹が立った。

紙には言えるのに、なぜ私には言わないのか。

零時前、万年筆を自分の手に握り、父へ尋ねた。

「私に言うことはないの」

父は目をそらした。

「ない」

その瞬間、時計が零時を打った。

万年筆が私の指を引くように動き、ノートへ書いた。

「置いていかないで」

父の言葉ではなかった。

私が、母のときからずっと飲み込んでいた言葉だった。

父はその一行を長く見つめた。

それから布団の上で、私の手を握った。

「置いていきたくない」

声は小さく、下書きのない文章のように震えていた。

手術は無事に終わった。

退院後、父は万年筆を私へくれた。

「お前の方が必要だ」

「私は口で言える」

「昨日まで言えなかっただろ」

父の家で味噌汁を作るようになったが、母の味にはならなかった。

父は毎回「薄い」と言い、私は「自分で作れ」と返した。

その程度の不満なら、もう紙へ預けなくてよかった。

万年筆は私の机にある。

午前零時になっても、ほとんど動かない。

ただ、仕事を辞めるか迷っていた夜、一度だけ便箋へ書いた。

「本当は、やってみたい」

翌朝、私はその一行を父へ見せた。

父は長い返事を書かず、「じゃあやれ」と言った。

言葉は口に出したから真実になるのではない。

けれど誰かへ届いたとき、ようやく一人で抱えなくていい形になる。