午前零時の当選通知
榛原千紘は、友人たちの前では「一人旅なんて無理」と笑っていた。
実際には、今年だけで札幌、金沢、広島へ一人で行った。目的は全部、同じ舞台俳優が出演するミュージカルだった。空港では迷わず、深夜のホテルにも平気で入り、始発の新幹線で帰って月曜の会議に出る。けれど大学時代の友人には、遠征を「出張」と呼んでいた。
親友の結婚式を控えた夜、三人で千紘の部屋に集まり、席次表を直していた。花嫁がタブレットを使い、もう一人が床でリボンを切る。日付が変わる瞬間、タブレットの上部に通知が滑り込んだ。
三人の中で、千紘は昔から堅実担当だった。旅行より貯金、衝動より予定表。そんな役を自分から引き受けてきたからこそ、同じ演目を何度も観るために飛行機へ乗る姿を見せたら、積み上げた印象まで崩れる気がしていた。
《福岡公演 プレミアム席ご当選》
役名と俳優名まで、はっきり表示された。
千紘は反射的にタブレットを伏せた。切ったリボンが床に散った。花嫁が目を丸くする。
「出張、じゃなかったんだ」
責める声ではなかった。それでも千紘は、遠征回数もチケット代も、ホテルの安さを探す夜も、一気に言い訳しそうになった。
すると床にいた友人が、自分のスマホを差し出した。画面には同じ抽選結果。こちらは落選だった。
「私、二年ずっと一般で取れなくて」
彼女のアカウント名は、千紘が感想を何度も読んでいた「月見パイ」だった。互いに顔を見て、先に花嫁が吹き出した。
「二人とも、私には旅行が苦手って言ってたよね」
千紘も笑った。恥ずかしさは消えなかったが、隠すためについた嘘のほうが、急に可笑しくなった。
当選した席は一枚だけだった。けれど友人は一般発売に挑み、千紘は福岡のツインルームを予約した。観る回が違っても、帰りに感想を話せる。
三人のグループチャット名を変更する画面で、花嫁が「結婚式準備」を消す。
代わりに千紘が打った。
『披露宴の次は福岡遠征』
午前零時一分、三人そろって保存を押した。