午前零時の金庫番
王立学院の創立祭は、卒業生と貴族で満ちていた。壇上に立ったガスパール公爵令息は、乾杯の代わりに金庫の鍵を掲げた。
「奨学基金二千金貨を横領したのはユーフェミナだ。午前零時に金庫を開けた記録がある。よって婚約を破棄し、彼女を学院から追放する」
ユーフェミナは瞬きを一つした。
「午前零時、とおっしゃいましたか」
「記録にそうある。言い逃れはできない」
彼は得意げに、金色の甲虫をかたどった鍵を卓上へ置いた。古代式の金庫鍵で、開錠した者の脈を覚えると伝わる品だった。
「その鍵を証拠として提出なさるのですね」
「当然だ」
ユーフェミナが周囲を見回すより先に、王立監査院の若き院長レナートが客席から立った。
「では鍵自身に答えてもらおう」
彼が甲虫の背を一度押すと、薄い羽が開いた。魔法文字が宙へ浮かび、最後の開錠者の名と脈拍を刻む。
――ガスパール・デュメル。
――午前零時、脈拍百四十二。
会場のどこかで、誰かが小さく吹き出した。夜中の盗みにしては、あまりに正直な動悸だった。
ユーフェミナは奨学生の名簿を毎月暗記していたが、今夜は誰の顔も見なかった。彼らに同情で庇わせれば、基金まで私情で動くと侮られる。だから事実だけを待った。
ガスパールは顔を赤くした。
「ユーフェミナが私に開けさせたのだ!」
「先ほどは、私が開けたと断言なさいました」
「細かい言葉尻を――」
「会計では、一桁も一語も細かくありません」
レナートは何も付け加えなかった。鍵という一つの証拠だけで、告発は十分に崩れていた。
ガスパールは急に声を甘くした。
「誤解だった。婚約はそのままでいい。お前には監査の才もあるし、私の家に必要だ」
ユーフェミナは胸元の学院章を外した。ただし返したのは章ではなく、その下に重ねていた婚約徽章のほうだった。
「必要なのは私ではなく、帳簿を黙って整える人でしょう。今夜からは、ご自分でどうぞ」
踵を返すと、レナートが階段の下から手を差し出した。救うためではない。監査院の席へ招く、対等な合図だった。
ユーフェミナは笑いをこらえたまま壇を下り、その手を取った。