半袖の距離
冬服の袖は、机と机の間に小さな壁を作っていた。
六月一日、その壁がなくなった。
隣の席の腕と私の腕は、ノートを取るたび触れそうになった。白い半袖から伸びた肘が近い。私は机を窓側へ一センチずらした。
隣も一センチ、廊下側へずらした。
「狭い?」
「暑いだけ」
教室の扇風機は首を振り、私たちのところへ来る前に別の方向へ逃げた。
一時間目、消しゴムが境界線を越えた。二時間目、教科書の角がぶつかった。昼休みには、机と机の間が三センチほど空いていた。
冬の間は、同じ問題集をのぞき込むのも平気だった。厚い袖が触れても、布同士だったからだ。今は少し動くだけで肌の温度が分かる。
「遠くない?」
隣がパンを食べながら言った。
「何が」
「机」
「普通」
「黒板、斜めに見える」
それは言いすぎだった。
午後、英語の小テストが返された。隣は赤点ぎりぎり。私は満点。
「教えて」
いつものように一冊のノートを二人で見た。机の隙間が邪魔で、文字が遠い。
隣が先に机を戻した。
木の脚が床を鳴らし、境界線が消えた。
「これで見える」
肩が触れた。半袖と半袖の間に、逃げ場はなかった。
私は説明を続けた。声が少し速くなった。隣は内容より、私の顔を見ている気がした。
「何」
「夏服、似合う」
鉛筆を落とした。
拾おうとして、二人の手が同時に机の下へ伸びた。指先が触れ、今度はどちらも引かなかった。
扇風機がようやくこちらを向いた。汗の引いた腕に、相手の体温だけが残った。
放課後、机はぴったり並んだままだった。
翌朝、隣は私より先に来ていた。机の間へ定規を当て、得意げに言った。
「ゼロセンチ」
私は笑って鞄を置いた。
衣替えで変わったのは袖の長さだけのはずなのに、昨日まで測れなかった距離が、急に数字になった。
夏が深まると、腕が触れることにも慣れた。ただ、最初の一回だけは忘れない。布一枚なくなっただけで、隣という言葉が急に近くなった朝だった。
その距離は、夏休みまで一度も戻さなかった。