卒業制作、未公開

【撮影記録・残り百二十日】

篁雨佳と雲井善郷は、卒業制作の題材を「恋人たちの普通の朝」に決めた。

自分たちを被写体にし、卒業まで毎朝十五秒ずつ撮る。

雨佳は報道映像の制作会社へ就職する。

善郷は故郷へ戻り、父の小さな映画館を継ぐ。

交際は卒業式まで、と二人で決めていた。

【残り百日】

歯を磨く善郷。

焦げたパンを削る雨佳。

同じ画面にいるが、見ている方向は違う。

善郷「この映画、別れたあと誰が持つ?」

雨佳「学校へ寄贈」

善郷「僕らの寝起きを後輩に見せるの?」

雨佳「芸術です」

【残り七十二日】

雨佳、地方災害の研修へ参加。

カメラは空の椅子を十五秒撮影。

善郷は削除しようとしたが、雨佳は残した。

「いない朝も、私たちの朝でしょう」

【残り四十日】

善郷、父の入院で帰省。

今度は雨佳が空の椅子を撮る。

編集画面では、二つの不在が隣り合った。

【残り十日】

二人は卒業後の話をしなくなった。

未来を説明するたび、相手のいない人生を予告しているようだった。

代わりに撮影位置や音量のことで喧嘩した。

本当は、あと十日しかないことへ怒っていた。

【卒業前日】

最終編集。

百二十本の十五秒をつなぐと、三十分の作品になった。

最初の二人は、カメラの前でわざと笑っている。

中盤から、相手を意識しなくなる。

終盤では、同じ朝にいても一人ずつ画面へ入るようになる。

「自然に別れていくみたい」

善郷が言った。

「決めていたから、自然じゃない」

「でも、撮ってなかったら気づかなかった。僕ら、卒業前から少しずつ一人になってた」

雨佳は最後の場面を追加した。

固定カメラの前に椅子が二脚。

二人は座らず、左右から手だけを伸ばし、中央で一度握る。

そして同時に離す。

【卒業式】

上映会で、二人はその作品を提出しなかった。

代わりに別の短編を流した。

学校の廊下、空の教室、外される掲示物。人のいなくなった場所だけを撮った映画だった。

「普通の朝」は、二人だけで映写室から見た。

最後の握手が終わると、画面は黒くなった。

善郷が停止ボタンを押す。

「公開しないの?」

「観客に、やり直せばいいのにって言われたくない」

「やり直さないの?」

「しない。雨佳のカメラが行く場所に、僕の映画館はついていけない」

「私も、あなたの町を待合室にしたくない」

卒業証書を持って、二人は校門で別れた。

作品データの保存先は共有フォルダだった。

どちらにも削除権限があり、どちらも削除しなかった。

再生回数は、その後ずっと二回のまま。

一度は編集確認。

もう一度は、卒業式の日。

誰にも見せなかった映画の中でだけ、二人は今も、別れるまでの朝を毎日同じ部屋で迎えている。