印税は月三百二十七円
母の死後、出版社から著作権料の明細が届いた。
〈電子版印税 三百二十七円〉
母は若いころ、一冊だけ児童書を書いた。その後は再版もなく、私たち姉弟を育てながら図書館で働いた。
「手続きのほうが高くつく」
弟は著作権を出版社へ譲ろうと言った。
「母さんが唯一残した本だよ」
「唯一じゃない。家も預金も、山ほどレシピもある」
「そういう意味じゃない」
私は、母が本を書けなくなったのは私たちのせいだと思っていた。夜泣き、弁当、学費。母は「時間がない」と何度も原稿を閉じた。
弟は違った。
「母さん、書けないことを俺たちのせいにした日もあった。死んだから全部美談にするなよ」
言い返せなかった。
二人で市立図書館へ行った。母の本は閉架書庫にあり、表紙は色褪せ、背には何度も修理した跡があった。
司書が貸出票の記録を見せてくれた。
「今も年に数回、借りる方がいます」
閲覧席では、小学生くらいの子がその本を読んでいた。眠れない兄妹が、夜を小さく折り畳んで枕の下へしまう話だ。
弟が最終ページを開いた。
〈眠れない夜を持つ、二人の子どもへ〉
「これ、俺たちのこと?」
「たぶん」
「聞いてない」
「私も」
母は、優しいだけの人ではなかった。書けない苛立ちを家族へぶつけ、締切を理由に夕飯を忘れたこともある。
それでも、私たちが眠ったあとに書いた言葉が、知らない子どもの夜へまだ届いていた。
著作権は譲らなかった。
代わりに出版社と相談し、補正しすぎない電子版を作った。あとがきは姉弟で書いた。
〈作者は家族を愛し、家族に腹を立て、書くことを諦めた日も、また始めた日もありました〉
印税は、町の図書購入基金へ寄付することにした。
最初の三百二十七円だけは振り込まず、弟と半分ずつ出して珈琲を二杯買った。
「足りないじゃん」
「相続人が負担します」
母の本の話をしながら飲んだ。
著作権を継ぐとは、母を立派な作家として保存することではなかった。
矛盾した一人の母が書いた物語を、姉弟で読み直し、次の読者へ渡すことだった。