原石を見る目
深山路璃依は、絵の具のついたパーカで宝飾サロンへ入った。
展示替えのため閉鎖した工房から、そのまま歩いてきたのだ。受付で小さな青い石を示し、台座を相談したいと言うと、店長の砥部澤聡介は石を見ようともせず答えた。
「修理店は地下街にございます。当店は一点百万円からです」
「石の価値を確認してからでは?」
「ガラス玉を鑑定する時間はありません」
奥にいた研修中の職人だけが、璃依の掌へ目を留めた。
「失礼ですが、その研磨線……〈深海の窓〉を作った方と同じです」
砥部澤は鼻で笑う。
「有名デザイナーを知っているふりはやめなさい。お客様もお引き取りを」
璃依は青い石をしまい、研修生の名前だけ聞いて帰った。
三日後、サロンではブランド買収の発表会が開かれた。親会社の新代表と、匿名で活動してきた宝飾作家が同席するという。砥部澤は高額顧客だけを前列へ通し、研修生を裏方へ回した。
壇上へ現れたのは璃依だった。
彼女は世界的な宝飾グループ〈ミヤマジ〉の創業者兼社長であり、王室所蔵作品〈深海の窓〉を制作した本人だった。ラフな服は工房で石を磨くときの作業着。持っていた青い石は、新ブランドの象徴として発表する希少な原石だった。
大型画面へ、石の鑑定額と海外美術館との契約が映る。原石だけで二億円。完成品は非売品として巡回展示される。
砥部澤はすぐに笑顔を作った。
「社長とは存じ上げず、盗難防止のため慎重になりまして」
璃依は前日の防犯映像を再生した。砥部澤は石へ一度も目を向けず、服だけで判断している。さらに過去の接客記録から、修理相談を断った客の宝石を後日、別業者経由で安く買い取っていたことも判明していた。
「原石を見抜けなかったことより、人を見ようとしなかったことが問題です」
璃依は研修生を新工房の主任候補として指名し、青い石の台座設計を任せた。
砥部澤の店長章が外され、研修生の名が制作チームの最上段へ表示される。
原石へ最初の光が当たり、青い輝きが会場いっぱいに広がった瞬間、ガラス玉と笑った店長だけが、本物を見分ける資格を失った。