右から三番目の間違い
下駄箱を開けると、薄桃色の封筒が落ちた。
一瞬、心臓が跳ねた。けれど宛名には『放送委員のあなたへ』とある。僕は放送委員ではない。隣の下駄箱を使っている友人が、昼の放送を担当している。
右から三番目。たぶん一つ入れ間違えたのだ。
教室へ持っていくと、友人は封筒を見ただけで耳まで赤くなった。
「誰から?」
「まだ開けてない」
「僕のじゃないし」
渡そうとしたが、彼は受け取らなかった。
「放課後まで預かって」
「なんで」
「教室で開けたら、みんな騒ぐ」
手紙は一日中、僕の鞄の内ポケットにあった。授業中も、移動教室でも、そこに熱を持つものがあるようで落ち着かなかった。
放課後、二人で非常口脇の階段へ行った。友人は封筒を開き、何度も同じ行を読んだ。差出人は同じクラスの、廊下側の前から二番目の子だった。
「返事、どうするの」
僕が聞くと、友人は困った顔で笑った。
「嬉しい。でも、好きな人がいる」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが沈んだ。
誰なのか知りたくなった。知りたくないとも思った。
僕らは小学校から一緒で、恋の話だけはしたことがなかった。毎朝同じ電車に乗り、昼休みは同じ机でパンを食べる。それを友情という言葉で考えずに済ませてきた。
「その子に言うの?」
「言えないと思う」
友人は手紙を丁寧に折り直した。
「でも、これを書いた人には、ちゃんと返事する」
僕はうなずいた。立派だと思った。だから余計に、自分がずるく見えた。
翌朝、昇降口で薄桃色の封筒を入れた本人とすれ違った。彼女は僕の下駄箱を見て、青ざめた。
「ごめん、間違えた?」
「隣に渡したよ」
彼女は安心したあと、少しだけ泣きそうな顔をした。
「ありがとう」
その背中を見送りながら、僕は昨日の友人と同じことを考えた。
好きな人がいる。けれど言えない。
一つ違うのは、手紙を入れる下駄箱を間違える心配がないことだった。隣なのだから。
教室へ行くと、友人はいつも通り僕の席へ来た。
「昨日のこと、誰にも言わないで」
「言わない」
「あと、帰りに付き合って。返事を渡すの、一人だと怖い」
僕は笑って、うなずいた。
自分の返事を書く日は、まだ先でいいと思った。少なくとも今日は、隣を歩ける。