合意事項、十八番
久慈川寧々と鋤柄衛は、二十四時間営業のファミリーレストランで別れの議事録を作った。
「合意事項一。冷房は二十四度と二十七度の中間で、二十五・五度」
「その結果、僕は寒くて、寧々は暑かった」
「失敗。削除」
寧々が赤ペンで線を引く。
「二。休日の起床時刻」
「僕は九時」
「私は七時」
「八時にした」
「二人とも機嫌が悪かった」
「削除」
三、歯ブラシの交換日。
四、カレーの辛さ。
五、メッセージの句点。
衛が「了解。」と送るたび寧々は怒っていると思い、寧々が絵文字だけ返すたび衛は話を終えたいのだと思った。
「どうして、その場で訊かなかったんだろう」
衛が言う。
「訊いたら面倒な人だと思われそうで」
「僕も」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
付き合って六年、笑うタイミングだけはよく合った。
「十一。喧嘩の仲直り」
寧々は読み上げる。
「私はその日のうち」
「僕は一晩考えてから」
「私が一人で泣いて立ち直った翌朝、衛が話し合おうとする」
「もう平気と言われる」
「でも本当は、平気になったんじゃなくて、衛なしで平気になる練習が済んでた」
衛は議事録から目を上げた。
「それ、初めて聞いた」
「今日が最後の会議だから」
注文したドリンクバーの珈琲は、とっくに冷めていた。
十七まで書き終えた。
家具の分け方、家賃の日割り、共通口座の解約。
どれも驚くほど簡単に決まった。
「十八は?」
衛が訊く。
寧々はしばらく考えた。
「相手の幸せを願う、って入れる?」
「議事録らしくない」
「じゃあ、今後の連絡は必要事項のみ」
「それは寂しいな」
「別れるんだから、寂しくて正解でしょう」
衛はペンを取り、十八番へ書いた。
〈六年間を、失敗として扱わない〉
寧々は読んで、赤ペンを置いた。
「異議なし」
会計は割り勘にした。
出口で店員が「またお越しください」と言う。
二人は反射的に「はい」と答え、外へ出てから笑った。
「もう一緒には来ないね」
「一人で来るかも」
「私は別の店にする。ここの冷房、寒すぎるから」
「僕にはちょうどいい」
最後まで合わなかった。
それでも二人は、別々の方向へ歩き出す前に、議事録へ一つずつ署名した。
合わないことを直し続けて疲れた二人が、初めて同じ結論へ、同じ時刻にたどり着いた証明だった。