同じ十月一日はなかった
改暦の年、政府は十二月三日の翌日を、いきなり一月一日にした。
港町では新しい暦が配られたが、山里では寺の古い暦がまだ使われていた。
高辻鈴江と戸板清吾は、清吾が北の鉱山へ働きに出る前、約束した。
「十月一日、港の榎の下で」
「その日に戻れたら、一緒に町を出よう」
清吾は新暦の十月一日、夜明けから榎の下で待った。
鈴江は来なかった。
夕方、鉱山会社の船が汽笛を鳴らした。
彼は赤い髪紐を枝へ結び、船へ乗った。
鈴江が港へ着いたのは、旧暦の十月一日だった。
新暦では十月二十一日。
榎には色褪せた髪紐だけが揺れていた。
船宿の者は、清吾が二十日前に発ったと言った。
鈴江は、自分が遅れたのだと思った。
清吾は、自分が捨てられたのだと思った。
手紙を書こうにも、北の鉱山は会社名しか分からない。
清吾からの便りも、山道の崩落で何通か行方知れずになった。
やがて鈴江は病身の母を支えるため、村の薬種商へ嫁いだ。
清吾も鉱山町で家庭を持った。
三十年後、港の資料館で改暦展が開かれた。
鈴江は孫に連れられ、清吾は仕事仲間の慰霊碑を訪ねた帰りに立ち寄った。
展示台には、新暦と旧暦を並べた換算表があった。
「旧暦十月一日――新暦十月二十一日」
二人は同じ文字を見て、同時に顔を上げた。
白髪の混じった清吾の鞄には、あの日の赤い髪紐があった。
鈴江は、榎から持ち帰ったと思っていた。
だが彼が結んだのは二本で、一方を自分も持っていたのだった。
「来なかったと思ってた」
清吾が言う。
「私も」
笑うしかなかった。
泣けば、三十年を間違いとして扱うことになる。
二人にはそれぞれ、愛してきた家族がいた。
資料館を出ると、港の榎はもうなかった。
道路拡張で切られたという。
「今度は、同じ日ですね」
鈴江が言った。
「同じ場所でもある」
「でも、もう待ち合わせではない」
「うん」
二人は髪紐を一本ずつ取り出した。
結び直さず、それぞれの鞄へ戻した。
運命が二人を裂いたのではない。
新しい暦と古い暦が、同じ十月一日を別の日にしただけだった。
それでも、過ぎた人生を元へ戻せないことを知る二人には、三十年遅れの再会こそ、ようやく同じ日に交わせた別れだった。