同じ本の返却期限
人気のない詩集に、予約が入った。
借りていたのは僕だった。貸出期限は金曜日。予約したのは、隣のクラスの図書委員らしい。
詩集を選んだ理由は単純で、薄かったからだ。国語の課題に必要な一冊を早く読み終えたかった。ところが、最初の詩に引っかかり、二週間たっても半分しか進まなかった。
返却日の放課後、図書室の入口で彼女が待っていた。
「それ、今日までだよね」
責める言い方ではなかった。けれど、僕は本を鞄の奥へ隠したくなった。
「あと一日だけ」
「予約があるから延長できない」
「予約したの、君?」
彼女はうなずいた。
同じ詩集を読みたい人がいることが意外だった。僕らは窓際の席に座り、なぜその本を選んだのか話した。彼女は表紙を見ずに言った。
「兄が好きだったから」
過去形だった。
去年、病気で亡くなった兄の机に、この詩集の題名が書かれたメモが残っていた。図書館で借りるつもりだったのか、誰かに勧められたのかは分からない。家族の誰も読んだことがなく、彼女はずっと探していたという。
僕はすぐに返そうとした。
「でも、まだ途中なんでしょ」
「いいよ」
「よくない。読みかけの本を取ったら、兄に怒られそう」
彼女は笑った。僕は詩集を机の中央へ置いた。
「じゃあ、今日ここで読む」
閉館まで四十分。僕は残りを読み、彼女は最初から読んだ。一冊しかないので、二人で見開きを分けた。僕が早く読み終えても、彼女の指が次のページへ移るまで待った。
途中、一編だけ彼女の指が止まった。兄を思い出したのかもしれない。聞かなかった。図書室の静けさは、質問しないことも許してくれた。
閉館の放送が流れたとき、最後のページまであと三枚だった。
「明日、返す」
僕が言うと、彼女は首を振った。
「今日が期限」
二人でカウンターへ行き、僕は返却した。彼女はその場で借りた。そして出口の外で、本を僕へ差し出した。
「明日の朝まで貸す。非公式に」
「図書委員が規則破るの?」
「返却期限は守ったから」
翌朝、僕は最後まで読んで彼女へ渡した。気に入った詩のページに、紙切れを挟んでおいた。感想ではなく、『ここで待てた』とだけ書いた。
一週間後、返却された詩集を開くと、同じ紙の裏に文字が増えていた。
『私も』
貸出期限は終わった。でも、その一冊について話す時間は、それから長く続いた。