呼ばれない勝者

「決闘者、キリエ・サナーク」

刑吏が名を読み上げ、広場の鎖が外された。

処刑台には十二歳の少年が膝をついている。罪状は王印の偽造。だが印を刻んだのは少年ではなく、彼を始末したい財務官だとキリエは知っていた。証拠は奪われ、残った方法は決闘裁判だけだった。

相手は財務官が雇った三人の剣士。

キリエの腰には《名削ぎ》がある。抜けば必ず一人を斬れる。ただし抜くたび、使い手の名から一音が消える。人の記憶からも、記録からも、墓石に刻まれるはずだった文字からも。

一人目が槍を突き出す。

キリエは剣を抜いた。銀光が走り、槍の穂と男の兜が同時に割れる。

「決闘者、リエ!」

刑吏の声が震えた。彼自身、先ほど何を読んだか思い出せないらしい。台帳の名も二文字になっていた。

二人目は背後から来た。キリエはいったん剣を鞘へ戻す。少年が首を振った。もういい、という顔だった。

彼女は再び抜いた。

「決闘者、エ!」

倒れた男の向こうで、財務官が笑みを失う。最後の剣士は少年の首へ刃を向けた。キリエが退けば少年は死ぬ。抜けば、残る一音もなくなる。

名のない者は契約を結べず、家へ入れず、死者として祈られることもない。それは死より長い刑だった。

キ・リ・エ。三つの音は、母が三日かけて選んだものだと聞かされていた。最初の音には強さを、次には道を、最後には帰る場所を込めたという。剣を抜くたび、彼女は命ではなく、母から受け取った順番に自分を失う。

少年が叫んだ。

「キ――」

その先を、もう誰も知らなかった。

彼女は三度目に剣を抜いた。斬られた剣士が倒れ、財務官の袖から偽造印が転がり出る。観衆がどよめき、少年の無罪を叫んだ。

刑吏は勝者を宣言しようとして、口を開いたまま止まった。

「決闘者……」

呼ぶべき音がない。

少年は処刑台を下り、彼女の前に立った。涙をこらえながら尋ねる。

「あなたの名前を、教えてください。今度は僕が忘れないから」

彼女は答えようとした。

けれど自分の舌にも、胸にも、名があった場所には白い穴しかなかった。

台帳の勝者欄で、空白だけが静かにインクを吸っていた。