嘘のたびに消えるもの
婚姻指輪には、互いを裏切らせないための古い魔法がかかっていた。
夫が嘘をつくたび、妻は夫との記憶を一つ失う。
王宮の取調室でその規則を聞いたとき、ドゥネラは笑った。隣に座るカーヴェンは、笑わなかった。
二人の結婚は三か月だけの契約だ。反逆者を探す近衛局へ潜り込むため、独身者を採らない局長の前で夫婦を演じる。カーヴェンは尋問官、ドゥネラは記録係。見つけたいのは反逆者ではなく、処刑者名簿を書き換えている局長の印章だった。
「今からでもやめろ」と彼は廊下で言った。「俺は一晩に十は嘘をつく」
「知ってる。初対面で年齢を三つごまかしたもの」
あれは雨宿りした酒場だった。彼が濡れた外套を椅子へ掛け、ドゥネラの冷えた指に黙って茶を寄せた。協力者になるまで一年。好きだと言わないまま、背中だけは何度も預けた。彼の癖や歩幅や、眠いときだけ左目を擦る仕草まで、任務に不要なことばかり覚えてしまった。
式は取調室の隣で行われた。局長が証人席に座り、二人へ質問する。
「妻を愛しているか」
計画では、カーヴェンは即答するはずだった。嘘を重ねて信用を得る。それが彼の仕事だ。
けれど彼は指輪を外そうとした。
ドゥネラは机の下でその手を押さえた。名簿には、罪のない仕立屋や薬師の名が四十七人分ある。今夜印章を盗めなければ、夜明けに処刑される。
忘れるのが怖くないわけではない。
彼が初めて本名を教えた夜。傷を縫ってくれた不器用な指。任務が終わったら海を見に行こうと、酔ったふりで言った声。ひとつずつ失えば、最後には隣の男がただの共犯者になる。
それでも、生きている四十七人には明日がある。
ドゥネラは彼の薬指へ輪を押し込み、局長へ微笑んだ。
「どうぞ、お尋ねください」
カーヴェンの瞳が痛そうに細くなる。
「妻を愛しているか」
長い沈黙のあと、彼は明瞭に答えた。
「いいえ、一度も」
指輪が熱を持った。
ドゥネラの中から、雨の酒場の匂いと、差し出された茶の湯気が消えた。なぜこの男の濡れた外套を見て胸が苦しいのか、もう思い出せなかった。