四つ目のグラス

結婚記念日の店を予約したのは、斑目沙紀だった。

梶浦直人が個室へ入ると、沙紀の隣には荒垣冬真がいた。二人の前にはシャンパン。沙紀は練習してきたらしい口調で言った。

「もう隠すのはやめる。私、冬真と生きるから」

冬真が申し訳なさそうに眉を下げる。

「家のことは、沙紀から聞いてます。直人さんには気の毒ですが、彼女を責めないでください」

直人は怒鳴らず、空いている椅子を引いた。

「それで三人分の席を取ったのかと思った?」

沙紀が首をかしげたとき、店員が四つ目のグラスを置いた。

扉が開き、紺色のコートを着た女が入ってきた。冬真の顔から血の気が引いた。

「瑠衣。どうして」

「あなたの『海外出張』が、ずいぶん近かったから」

瑠衣は冬真の妻だった。直人が一か月前、沙紀の端末に表示された通知から相手を知り、連絡を取った。瑠衣もまた、離婚は成立済みだと聞かされていた。

沙紀が直人をにらむ。

「こんなことして、私を恥かかせたいの?」

「話を一度で済ませたいだけだよ」

直人は封筒を二つ出した。瑠衣も同じ形の封筒を重ねる。中には、日時の一致した宿泊記録と、二人がそれぞれの配偶者について語ったメッセージが整理されていた。

冬真が沙紀へ向く。

「君、直人さんとは別居中だって――」

「あなたこそ、奥さんとは何年も会話がないって言ったじゃない」

二人の声が同時に尖った。

瑠衣は静かにスマートフォンを置いた。画面には、冬真が「独身になったら結婚しよう」と沙紀に送った文面と、その翌日に別の女性へ同じ文章を送った履歴が並んでいた。会社支給端末のバックアップから見つかったという。

「別の女性って、誰」

沙紀の問いに、冬真は答えられなかった。

店員が栓を抜く前に、直人は手で制した。

「お酒じゃなくて炭酸水を。僕たち二人は、これから弁護士のところへ行くので」

瑠衣が四つ目のグラスを直人の側へ、静かに寄せた。二人分の委任契約書には、すでに同じ弁護士の印が押されていた。