四人目のマイク
〈残響標識〉の解散ライブには、三人しかいないのにマイクが四本立っていた。
ボーカルの六車燈真が撤去を頼むと、スタッフは「セットリストの指定です」と答えた。最後に演奏する一曲〈第四声部〉は、二年前に脱退した初代ボーカル、八雲が残したデモを編曲したものだった。八雲は脱退後、表舞台から消えた。事務所は海外療養と説明したが、燈真は一度も連絡を取れていない。
四本目は、八雲が使っていた古い銀色のマイクだった。
イントロ。客席の歓声がフェードし、三人の呼吸だけが会場に広がる。空のマイクからも、すぐそばで誰かが息を吸う音がした。
「声を重ねて」
燈真が歌い始める。Aメロは八雲との最後の口論を思わせた。高音を譲れ、立ち位置を変えろ、グループのために黙れ。燈真は当時、事務所側に立った。八雲が「歌えない契約」を拒んだ夜も、翌日の会見で笑っていた。
サビ直前、四本目のマイクが自動でオンになった。
流れたのは八雲の歌声ではない。燈真自身の声だった。
――八雲を外せば、次は僕がセンターですよね。
二年前、社長室で交わした会話。ギターとベースの音が一瞬乱れる。燈真は罪悪感で歌を止めかけたが、イヤーモニターに八雲の仮歌が入ってきた。細く、掠れ、それでも音程を外さない声。
「声を重ねて」
スクリーンに録音場所が表示される。事務所地下二階、旧ボーカルブース。更新時刻は今夜の二十二時十一分。海外にいるはずの八雲が、いまこの建物の地下で歌っている。
観客が大きくざわめく。社長が配信を切ろうとする。だが四本目のマイクは、地下ブースの音を直接会場へ送る緊急回線につながっていた。サビで八雲の声が上昇し、燈真の声を追い越す。最後のロングトーンの裏で、金属扉を叩く音が響いた。
最後の一音が消えると、四本目のマイクから八雲が囁いた。
「声を重ねて」
それはデュエットの誘いではなかった。地下から届く自分の声へ、三千人の通報を一斉に届けてくれという救難要請だった。