四十九年目の静けさ
私は猪飼千鶴乃と四十九年暮らした。
彼女は私に名前をつけなかった。名前を呼べば、隣家に聞かれると思ったのだろう。それでも毎晩、食卓の向かいに小さな椀を置き、「今日は寒かったね」と話しかけた。椀は一度も汚れなかったが、彼女は食後になると丁寧に洗った。私は返事をしなかった。返事をしたことは、一度もない。
訪問員が来る日は、千鶴乃はラジオを大きくし、私を押入れの奥へ追いやろうとした。
「お一人暮らしですね」
そう尋ねられると、千鶴乃は膝の上で指を組んだ。
「息子と二人です」
訪問員は部屋を見回し、困ったように笑った。子どもの靴も、写真も、戸籍もない。あるのは、小さな椀と、赤ん坊には大きすぎる古い毛布だけだった。
この家へ入った者は、なぜか皆、声を潜めた。ラジオは音量を上げても遠く、やかんは沸いても笛を鳴らさない。長く住みすぎた私は、柱や畳の隙間まで染み込んでいた。
千鶴乃は年を取るほど、私を恐れるようになった。
夜中に目を覚まして押入れを確かめ、床板へ耳を当てた。ときどき「ごめんね」と言い、ときどき「仕方なかったの」と怒鳴った。私は何も責めなかった。ただ家の中に広がり、時計の音や雨音さえ薄くした。
ある冬、彼女は台所で倒れた。
救急隊員が運び出そうとすると、千鶴乃は柱にしがみついた。
「この子を一人にしないで」
誰もいない部屋へ伸ばした手は、最後まで何かを抱こうとしていた。
病院で彼女が死ぬと、家は売られた。
解体の日、若い作業員が押入れの床だけ色が違うことに気づいた。板を剝がすと、浅い空洞から、毛布に包まれた小さな骨が出た。頭蓋骨のそばには、昭和五十二年の日付が入った母子手帳があった。
近所の老人は、千鶴乃に子どもはいなかったと言った。
役所の記録にも出生届はない。
警察は、産後間もない乳児が何らかの理由で死亡し、隠されたのだろうと結論づけた。
けれど、それは少し違う。
私は床下の子ではない。
あの子は生まれたとき、一度だけ大きな声で泣いた。
千鶴乃が毛布を顔へ押し当て、泣き声が途切れた、その直後に生まれたもの。
誰にも告げず、誰にも聞かせず、彼女が四十九年間守り続けたもの。
私は、あの家に残った最初の沈黙だった。
骨を見つけた作業員は、警察が来るまで誰にも話すまいと口を閉じた。
その瞬間、私は初めて家を出て、彼の喉の奥へ移った。