四本目の白杭
榊原透真は測量会社のドローン操縦士だった。土砂崩れの予備調査で入った弓折山の北斜面は、今も禁足区域で、自治体の地図では空白になっている。現場責任者から送られた古い掲示板のスクリーンショットには、登山者の書き込みが一つだけ残っていた。
《白い杭を三本見ても、四本目を探してはいけない》
透真は冗談だと思った。境界杭なら本数を揃えてこそ測量になる。
飛行ログ
09:12 離陸
09:18 白杭① 谷側
09:21 白杭② 倒木脇
09:24 白杭③ 岩陰
09:25 自動帰還を解除
三本目を撮った時点で調査範囲は終わっていた。三本の座標を結ぶと、現在地を囲む歪な三角形になった。モニターの方位表示だけが北を失い、どちらへ向けても《内側》と出る。だが画面の端に白い点が見えた気がして、透真は機体を旋回させた。四本目を「探す」操作をしたのは、その一度だけだ。
ドローンは百メートル先へ進んだはずなのに、モニターには離陸地点が映った。高度表示は八十メートルのままなのに、杉の梢は機体より上から垂れ下がっている。バッテリー残量は四本目を探し始めた瞬間の数字で凍り、帰還距離だけがマイナスへ増えていった。黄色いヘルメットをかぶった透真が、送信機を握って立っている。その背後、杉の間に白い杭が一本あった。杭の頭には黒字で《四》とある。
透真が振り返ると、何もない。画面へ戻ると、映像の中の自分だけがこちらを向いた。機体は上空にいるのに、その顔はレンズへ触れるほど近かった。
通信が切れた。
会社へ戻ると、機体は格納ケースに収まっていた。誰が回収したのか記録はない。SDカードの座標はすべて透真の自宅を示していた。責任者は「GPSの故障」で報告書を閉じた。
翌朝、地図アプリが見慣れない通知を出した。
《保存した場所「白杭①」を通過しました》
通勤電車の中だった。続けて②、③。駅ごとに数字が増えた。透真はアプリを閉じ、権限も位置情報も切った。
自宅マンションへ帰り、玄関でスマートフォンを開く。地図には建物の四隅に白いピンが立っていた。最後の一本だけ、まだ点滅している。
《白杭④を設置しました》
ピンは透真の現在地と重なった。
その下に、小さく表示された。
《あなたは内側にいます》