回避率ゼロの静止標的
帝都防具研究所の試験台で、澄架は椅子から立つことさえ許されなかった。
手首と足首を固定され、胸には測定板が押し当てられている。主任ロクサムは表示を見て鼻で笑った。
【回避率:0】
【移動距離:0】
「絶対回避を名乗る詐欺師が、回避率ゼロとはな」
澄架は答えず、膝の上で両手を重ねた。彼女は百年前から同じ顔で研究所へ警告してきたが、代替わりした職員は記録を迷信として捨てていた。
初撃は魔導銃だった。額を狙った青い弾丸が発射され、固定椅子の背もたれだけを貫く。澄架の頭は動いていない。映像を低速再生しても、弾丸の軌道が直前で髪一本ぶん曲がっていた。
「照準補正の不具合だ」
ロクサムは技師のせいにし、今度は城塞破壊用の収束砲を起動した。試験室全体を光で満たすため、左右へ避ける余地そのものがない。
澄架は測定板を見下ろし、ため息をつく。
「その椅子、高かったでしょう」
砲撃が試験室を呑んだ。壁が崩れ、固定具が溶け、白煙の向こうで警報が鳴る。
煙が晴れたとき、澄架は膝に両手を重ねた同じ姿勢で座っていた。椅子だけでなく、その下の床も円形に残っている。光は彼女へ届く直前、見えない穴を避けるように二つへ裂けていた。
防護服を着た技師が近づき、肌温度、脈拍、衣服の焦げを順に測った。すべて砲撃前と同じ。さらに壊れた壁の熱分布を重ねると、澄架の輪郭だけが最初から照射範囲に存在しなかったように黒く抜けていた。主任が装置を叩くたび、同じ結果が別の計器にも現れた。若い技師が研究所の旧記録を開くと、百年前にも同じ試験、同じ破壊、同じ澄架の顔が残っていた。失敗した装置だけが世代ごとに新しくなっている。
ロクサムが異常を理解したのは、測定板が何度も再計算を始めたときだった。回避率は依然として零。移動距離も零。なのに被弾回数だけが一度も成立していない。
「回避したなら、動作を記録できるはずだ……」
「私は動いていません」
澄架は溶けた拘束具から手を外した。
「命中するという結果だけが、私の周囲では起きないんです」
測定板の数字が高速で桁を増やし、やがて一行の文字へ変わった。
【防御値:測定不能】