国境標石の裏側
私は戦争が終わった年、測量官として国境線を引いた。
地図の上では、太い赤鉛筆一本だった。
だが現地で線を置くと、それは井戸を二つに分け、墓地を横切り、ナドヤ・セレンの家を東国へ、ブラン・オルタの果樹園を西国へ残した。
二人は婚約していた。
停戦協定によれば、住民は十日以内に国籍を選び、選んだ側へ移らなければならない。
ナドヤの父は寝たきりで、東国の診療所から動かせない。
ブランには幼い弟妹が三人いて、西国の果樹園が暮らしのすべてだった。
「標石を、あと二十歩だけ西へ」
ナドヤは私に頼んだ。
「地図と違ってしまいます」
「地図は泣かないでしょう」
私は答えられなかった。
十日目、二人は新しい国境の前に立った。
昨日まで同じ村道だった場所に鉄柵が張られ、兵士が両側から見張っていた。
ブランは果樹園の鍵を一つ、柵の隙間から渡した。
「いつか自由に通れるようになったら」
ナドヤは受け取らず、自分の家の鍵を差し出した。
「私も同じことを言おうとしてた」
二人は笑った。
どちらの鍵も、相手の国では何も開けない。
「東の国民になるの?」
「父と残る」
「僕は西に残る」
「結婚は?」
「国籍を変えればできる」
「変えられないね」
「うん」
好きだとも、待つとも言わなかった。
十日間で、言葉はすべて使い切っていた。
私は規則どおり、二人の間へ石の標柱を立てた。
東側に一国の紋章、西側にもう一国の紋章を刻む。
二人は別々の方向へ歩き出した。
三十二年後、国境が開かれた。
私は退職していたが、標石の撤去を見に行った。
ナドヤはすでに亡くなり、ブランは別の町で家族を持ったと聞いた。
作業員が石を倒すと、地中に埋まっていた裏側から、小さな傷が現れた。
〈N+B〉
あの日、私が二人に見えない場所へ刻んだものだった。
国境はなくなった。
けれど二人が別々の国民として過ごした三十二年は戻らない。
地図の赤線は消しゴムで消せても、その線を人生の途中へ引かれた者の別れまでは、どの条約も消せなかった。