土曜日の煮魚
透佳が実家の食卓につくと、母は父の煮魚を細かくほぐしていた。
「来月から、土曜はお願いね」
挨拶より先だった。透佳の前には、子どものころと同じ小ぶりの茶碗が置かれている。台所に近い席も同じだ。母が立つたび、透佳も反射的に腰を浮かせた。
「何を、どこまで?」
「朝から来て、お昼を食べさせて、お風呂まで。私は少しくらい出かけたいの」
母の声は責めるより疲れていた。父は箸を握ったまま、二人を見ない。兄は遠方、叔母は腰を痛めている。母の「お願い」は、断れば家族全体が崩れるような重さで食卓に置かれた。
透佳は先週、母から〈土曜は空けておいて〉とだけ届いたメッセージを思い出した。何のためか尋ねても返事はなく、来てみれば一日分の介護が用意されていた。予定を知らせることと、同意を得ることが、母の中では同じになっている。
透佳は自分の魚へ箸を入れた。骨は母に取ってもらわず、自分で皿の端へよける。
「土曜の十一時から二時なら来る。昼ごはんは一緒にする。でも入浴介助はしない」
母の箸が止まった。
「三時間じゃ、何もできない」
「三時間で足りない分は、ケアマネさんに相談しよう。私が一日入る形にはしない」
「娘なのに」
その言葉で、透佳の前の小さな茶碗が急に狭く見えた。食べる量も帰る時刻も、母は昔から善意で決めた。
透佳は席を立ち、食器棚から大きい茶碗を一つ出した。残っていたご飯を自分でよそう。
「娘だから来る。でも介護士として住むわけじゃない」
父が、ほぐされていない魚の身を箸でつついた。「風呂は男の人に頼めないのか」と小さく言った。
母は少し驚いた顔をし、それから冷蔵庫の横の予定表を見た。「訪問入浴、前に断ったけど、もう一度聞いてみる」
透佳は頷いた。母を楽にしたい気持ちは消えていない。母の代わりに全部を背負うことだけを断った。
食事の終わり、母は土曜日の欄へ鉛筆で〈透佳・十一時〜二時〉と書いた。その下に〈入浴・相談〉と続ける。
透佳は小さな茶碗を食器棚へ戻した。次に来る土曜日も、座る席は同じかもしれない。それでも、帰る時刻はもう食卓の外に書かれていた。