土間に藍の匂い

 植松杏里は、東京のアパレル会社で「次の色」を追い続けていた。

 春が始まる前に夏を売り、夏の盛りには秋の流行を決める。好きだったはずの布も、いつしか売上の面積にしか見えなくなった。

 退職後、杏里が借りたのは、川沿いの古い染物屋だった家だ。

 広い土間には割れた甕が残り、柱には青い染みが幾重にも重なっている。大家は「昔はこの辺りで藍を育てた」と教えてくれた。

 翌週、近所の畑から小さな藍の苗が六本届いた。送り主の名前はなく、新聞紙に「枯らしても来年がある」とだけ書かれていた。

 杏里は庭の隅を耕し、苗を植えた。

 それから土間へ作業台を作った。物置の古板を洗い、脚の長さをそろえようと何度も削る。けれど床そのものが傾いているので、どうしても少しがたついた。

「都会なら返品だな」

 独り言を言うと、開けた戸から風が入り、柱の青い染みを撫でた。

 夏、育った葉を摘み、近所の人に教わって生葉染めをした。

 葉を刻むと、青臭い香りが指へ移る。布を液へ浸した直後は、頼りない緑色だった。空気に触れ、何度も絞るうち、少しずつ青へ変わる。

 杏里は急いで濃くしようとして、最初の一枚をむらだらけにした。

「それが一番いいじゃない」

 手伝いに来た老婦人が言った。

「空みたい。毎日同じ青じゃないでしょう」

 その布を、杏里は台所の小窓へ掛けた。

 光が通ると、濃い場所と淡い場所が床へ揺れた。均一ではないのに、見飽きない。

 杏里は土間の作業台で、古いシャツをほどき、鍋敷きや袋へ縫い直すようになった。売れるかどうかは、まだ考えなかった。近所の人が野菜を入れて持ち帰り、次には空の袋へ豆や梅を詰めて返してくれた。

 秋の夕方、杏里は藍で染まった手のまま米を研いだ。

 炊飯器から白い湯気が上がり、土間には乾きかけた布の青い匂いがある。がたつく台へ肘を置くと、わずかに揺れた。

 杏里は脚を削り直さなかった。

 先の季節を急いで売らなくても、色は空気に触れながら今日の分だけ深くなる。小窓の青が夕日に透け、古い家の中へ、静かな川のような光を落としていた。